第22話:公開処刑
「まずは、そのパンチカードを、はぁ見せてみい」
ユカリンのブーツが、ロビーの大理石で硬い音を立てる。
「ま、マズいシロモノなんでしょ……渡したら、オレ終わっちゃたりしませんか?」
オレは震える手で、グッと財布を握り締めた。
「そいつがセントラルディファレンス・エンジンのプログラムじゃったら、世界も一緒に終わるけぇの。どっちみち同じじゃ」
「先輩……それは機密事項じゃありゃぁせんですか、こがーな場で……」
オオトモが一歩踏み出すのを、ユカリンが手を挙げて制した。
「機密もクソもないんじゃ。世界が終わるんなら、ワタシらだけ助かる道理もなかろうが」
ユカリンが声のトーンを上げた。
世界が終わる。
急にそんな荒唐無稽な話をされても、にわかには信じられない。
信じられないのだが……ユカリンの目も、オオトモの目も、冗談やドッキリを仕掛けている目ではなかった。
「あの……なんかヤバい感じ? のところ悪いんだけど」
ジュリアが声を上げた。
「詳しい話はわかんないんだけど、その世界が終わるとかそういうデカい話が、タクミくんの財布の中身と関係してるってことでいい?」
「そう、ゆーとろーが……」
ユカリンが不機嫌そうに吐き捨てた。
「どれどれ、ちょっと良い?」
そう言うと、ジュリアはヒョイとオレの財布を取り上げた。
「ちょちょちょ、ちょっとやめて下さいよ。ジュリアさん。なんかそういう雰囲気じゃないじゃないですか」
オレが止めるのも聞かずに、ジュリアが財布の中身を取り出した。
「ナニこれ?」
ハルミが覗き込む。
「お金じゃないじゃん。ってか、穴の空いた……紙?
なーんだ、タクミが大金パクってケーサツに追われてんのかと思っちゃった」
「ディファレンス・エンジンの破壊を企んどる地下組織の男を追ってる最中に、そこのマル転が巻き込まれたんじゃ」
ユカリンがパンチカードを手に取った。
「ウチの局員が身柄を確保したんじゃが、もうブツは持ってなかったけぇ、どっかに隠したと踏んだんじゃ……」
「それが、これだって言うんですか?」
オレも思わず声を上げる。
「それじゃ、オレ、全く関係ないじゃないですか」
「ほうじゃ、じゃけん、ソレを渡せぇゆーとったじゃろが」
確かに……。
「それならそうと、ちゃんと説明してくださいよ!」
オレの抗議の声は、しかし、すぐさま返されてしまう。
「そこにオオトモが来て、ややこしくなったんじゃろが」
「あう……」
オオトモが口をつぐんだ。
ユカリンの説明不足。
オオトモの内務省嫌い。
オレの小市民根性。
それら全てが絶妙に絡み合ったせいで、事態が悪化してしまったようだ。
「そういうわけじゃけ、コレは貰ぉていくけの」
ユカリンが財布に手をかけるより早く、ジュリアが動いた。
「やっぱそうじゃん、ねぇその穴の空いた紙って、コレじゃない?」
「………………?」
一同の視線がジュリアに集まる。
「これ、郵便局で見たんだけど……」
ジュリアがスマホの画面をオレたちに見せた。
「これ。この手紙を書いてる羊の着ぐるみみたいなのわかる?」
「ナニこれ、かわいい〜」
ハルミがスマホを取り上げて、しげしげと見ている。
「これロボットらしいんだけど、これと同じ感じの穴の空いた紙を入れたら手紙を書いてくれるんだって」
ジュリアのスマホの画面の中で、黒い顔の羊ロボットが、ガチャガチャと音を立てながら、紙にペンを走らせていた。
「同じじゃね?」
そういうジュリアにハナダが答えた。
「確かに、この規格。これはオートマトンの記述用パンチカードかもしれませんね」
「オートマトン?」
オレが聞き返すと、
「はい、自動筆記人形です。オートマトンのマトンとはスペルが違うのですが、発音がマトンということで、マトン、つまり羊の着ぐるみを被せてありますね」
そういうシャレです。と、ハナダが笑って言った。
「それじゃ、この変な財布に入っていたのは、セントラルディファレンス・エンジンとかのヤバいプログラムじゃないってことですか?」
「そこまでは、まだ」
ハナダが口ごもるので、ユカリンが再び勢いづいた。
「じゃけ、それを局に持ち帰って調べちゃる、言いよろーが。
ハナダさんも、もったいぶらんと、渡してつかーさいや」
ユカリンがハナダに手を伸ばす。
「大丈夫です。マトンくんはホテルにもあります」
そう言ってハナダの視線の先に、少しくたびれた羊の着ぐるみが紙の束を持って鎮座していた。
「使用頻度は高くないのですが、ホテルスタッフが油をさしてメンテしていますから、いつでも動かせますよ」
一同でドヤドヤと羊の周りに移動する。
ジュリアの画面で見るよりずっと大きく感じる。
ハナダが呼んだホテルスタッフが、テキパキと作業すると、中の歯車がガチャガチャと音を立てはじめた。
「やっぱり。カードの規格がピッタリですね」
ハナダがパンチカードをオートマトンにセットすると留め具の幅にピッタリ収まった。
「じゃぁ、動かしますよ。ユカリンさん、そこのレバーを下げてもらえますか?」
ハナダがユカリンに声をかける。
「…………………………。」
「ユカリンさん?」
ユカリンは無言でレバーを見上げて、少しバツが悪そうな顔をしていた。
「た……たわんよ」
ユカリンが小声で何事かつぶやいた。
「はい?」
オレが聞き返すと、ややムキになってユカリンが返した。
「じゃけぇ、たわんのじゃ!」
ユカリンはレバーを睨んだまま動かない。
「あっ……あぁ〜あぁ、先輩。大丈夫っす、大丈夫っすよ〜
。自分がやりますけぇ」
オオトモが駆け寄って、羊の上部にあるレバーを引いた。
ガチャガチャと音を立てて、羊がカードの束を飲み込んでいく。
「あの……“たわん”っていうのは村の方言で、“届かない”っていう意味なんです」
オオトモが体をかかがめて、オレに耳打ちした。
「ハナダ先輩もイジワルっすね〜。自分は面白いっすけど」
オオトモがニマニマしながら言った。
偶然かわざとか、高い位置にあるレバーの付近にいたユカリンに、ハナダがレバー操作を依頼したが、小柄なユカリンでは手が届かなかったらしい。
カララララララ
羊着ぐるみの中で歯車が回る音がして、手にしたペンをインク壺に浸した。
「自動筆記しはじめますよ……」
ハナダが言うので、一同がペン先に集中した。
「……文字じゃのぉて……こりゃ顔かのぉ?」
背の順を考慮されて、最前線で見守ることになったユカリンがつぶやいた。
「なんか上手いね、この羊くん」
ハルミも感心したように見入っている。
「文字以外も書けるんかいの?」
ユカリンの質問に、ハナダが答える。
「そうですね。おそらく最初のパンチングで、座標モードに切り替えて、フリーに腕を動かすプログラムが仕組まれていますね」
「このなめらかな動き、オートマトンを熟知している人物の仕事です」
ハナダが舌を巻く。
実際、羊は中に人が入っているのではと見まごうばかりの手さばきを見せ、紙の上に筆を走らせた。
「顔ができてきたの……はぁうまいもんじゃのぉ……組織の人間につながる情報かもしれん」
ユカリンが目を光らせて、その出来上がりを追った。
「ふむ……随分と“乳”がデカい人物じゃのぉ。女か」
ユカリンのつぶやきをよそに、オートマトンは、休みなく描き続ける。
時々羊は、書き文字で「あんっ♡」や「パンっ! パンっ!」などと場違いな言葉を、絵のそばに書き入れていく。
「えっと……コレは……」
オレの懸念をよそに、なおも休みなく羊は紙にペンを走らせる。
ユカリンが最前列でそれを見ながら、言葉を失っている。
後列ではジュリアが腹を抱えて笑っている。
その後ろでオオトモがあちゃーとつぶやいた。
「やっぱコレ、タクミのじゃないの?」
ハルミがボソッとつぶやいた。
「ちーがーいーまーすーーー!」
オレはハルミに無実を叫んだ。
「……こ、これは……」
ユカリンは耳まで赤く染めてつぶやいた。
「あはは、コレ……エロ漫画ですね」
ハナダが笑った。
「わ、猥褻図書じゃっ!!」
間近でソレを見つめていたユカリンは、顔まで真っ赤にして叫んだ。




