第19話:財布はスられるは、変な財布は押し付けられるは
「か……からかわないで、く、下さいよ」
オレは、乾いた唇で、途切れ途切れに答えた。
“ウチで経験しとく?”
いつもの軽口と裏腹な熱のこもった瞳を、オレは直視出来なかった。
えっと、ファンタジー世界の“経験値”……の話だよな。
目の前では、ハルミがオレの様子を面白そうに、見ながら、タバコをふかしていた。
「ところで」
と、オレは話題をぶん回して切り替えた。
「ハルミさんは、いつも出掛けているみたいですけど、何してるんですか?」
「うーん……まぁどっかショップで働こうかなと思いながら、ショップ巡りして……結局買い物してる」
「そうなんですね……なんか意外でした。働く気があったんですね」
「当たり前じゃん、タクミみたいに引きこもりじゃねーし……あ、そうだ」
ハルミは、オレの失礼を華麗にスルーしつつ、失礼返しをしてきた。
「引きこもりじゃないです。高等遊民というやつで……」
オレが言い訳し終わる前に、バンっとテーブルに紙幣を置いた。
「ほい、5000J もしかしてタクミって、金がねぇからホテル出れないんじゃない?」
「ふっふっふ、その顔は、当たりかな〜? まぁこないだの荷物持ちのバイト代ってことで」
オレはテーブル上の5000J を見つめた。
「あ、いや……もらいすぎっていうか」
紙幣とハルミを交互に見やるオレを、
「いいじゃん。それくらいないと服の一枚も買えねぇし」
オレは深々と礼をして、ありがたくその5000J をいただいた。
そうなると、いつまでもハルミとテーブルを囲っているわけにもいかず。オレは雰囲気を察して、街に出てみることにした。
「気をつけろよ〜。都会は危ないから〜」
後ろ手にハルミの声を聞きながら、オレはホテル グラン・ヴィアを後にした。
◇◇◇
改めて、見渡す。
行き交う人と人、空を覆い隠すような摩天楼。
この街は巨大だ。
オレが人混みに揉まれていると、雑踏の奥から激しい機械音が鳴り響いた。
ギュイーーーーーン! ギュイーーーーーン! ズモモモモモモ……
人混みをかき分けるようにして、人型のレトロなロボットが姿を現した。
ギュイーーーーーン! ギュイーーーーーン! プッシューーーーーーン!
蒸気と煙を吐きながら、道に散らばるタバコの吸い殻(やけに多い)を一生懸命に吸い取っている。
足元はいわゆる円盤状の“お掃除ロボット”であるが、その上にロボットのボディが乗っかって、蒸気を噴き上げているのだ。
「おぉ! こういうところは、元の世界より進んでいるのかもな……」
オレは単純にロボットが街中に溶け込んでいる姿に感心しつつ、市民のモラルがもう少し高ければ、不要だった発展であるのかも、とも思った。
そうしてオレがロボットに見惚れていると……
「おーい! どけどけ! どいてくれーーーっ!」
こけつまろびつ、若い男がロボットを蹴っ飛ばし、人混みをかき分けて、あっという間にオレの眼前に迫った。
「うわっ! うっうわぁぁぁぁぁぁっ!」
オレの叫び声が虚しくも、煤けた空にこだまし、オレは男に突き飛ばされた。
「いっててて……なんだよ、アイツ」
オレを突き飛ばした若い男は、とうに人混みの中に消え、行方を追うことは出来なかった。
尻もちをついて、煤けたズボンを払うと、ポケットの膨らみが違うことに気がついた。
「なんだ……?」
手にとったオレは大事なことに気づく。
「おっ……オレの財布じゃない……」
ハルミからもらった5000J の入ったオレの財布は、影も形もなくなっていた。
しかし、ただスられただけでないのは、ポケットに別の財布がねじ込まれていたということだ。
「なんなんだ……いったい」
街の人々はすぐさま日常を取り戻し、オレはまたすっかり人混みの中に揉まれてしまった。
「まてーーーーっ!」
またも人混みをかき分けて、向こうから人が走ってくる。
よく目を凝らすと……
「げっ……治安維持局の制服じゃん!」
すぐさまあのジト目のユカリンの顔が思い出される。
オレは思わず、追っ手の視界からそっと消えた。
「まてーーーーーーっ!」
そう言われて待つ犯人がいるのだろうか?
そんなオレの疑問をよそに、治安維持局の巡査(?)は、すごい速さでまた人混みの中へと消えていった。
「物騒な街だこと」
オレはつぶやいて、少し雑踏から外れたベンチに腰掛けた。
オレの財布がないのも困りものだが、このパンっと張った財布の持ち主も随分困っているのではないかと思ったからだ。
オレのペラペラ財布とは厚みが違う。
手元の飴色になった革製の財布を開いてみると、
「なんだこれ……」
財布の中には、無数の穴が空いた紙が、折りたたまれてぎっしりと詰まっていた。
「うわっ! こ……これは?!」
と、言ってみたものの、
なんだっけ?
なんか見たことはあるのだが……
「そうだ!」
オレはスキル【図書カード】を使い、調べて……
「…………あ、スられたんだった。まてーーーーーーー!」
今来た道を、雑踏をかき分けかき分け、戻っていく。
オレが神様からもらった、せめてものスキル。
スられて無くしたとあっては、悔やんでも悔やみ切れない。
オレはぶつかる市民に謝りながら、ついにソレを発見した。
ギュイーーーーーン! ギュイーーーーーン!
「うぎゃーーーーーーっ! お掃除ロボっっっ! 待ってくれぇぇぇぇぇぇぇっ!」
ガタピシ言いながら、路上のゴミを吸い込むお掃除ロボ、その目の前には、見慣れたオレの財布!
「とりゃぁー!」
オレは勢いロボにタックルをくらわせて、その歩みを制した。
「わぁ、ロボかわいそうだね」
「ロクなオトナじゃないね」
雑踏の中から、少年少女のジト目とヒソヒソ声を受けながらも、オレはオレの財布を奪還した。
「よ……良かった……」
果たして【図書カード】は無事であった。
ハルミからもらった5000J は、もうなくなっていたが……
何はともあれ、オレは異世界で“無能力者”になることだけは阻止することができた。
新たなステータスは“無一文”である。
◇◇◇
改めて、押し付けられた財布をチェックする。
無数に穴の空いた紙の束。
「……パンチなんとかって言ったよな」
オレは早速奪還したスキルを展開する。
【図書カード】
ブンっとブラウン管が点灯したような音がして、インターフェースが広がった。
「とりあえず百科事典でいいか」
パンチなんとか、だったはず……
パンチの項目を調べて行くと、手元の紙束と同じく、規則的に穴の空いた紙の写真が目に止まった。
「あった、これだ! パンチカード、または穿孔テープ! っていうのか」
ふむ、古いコンピューターを動かすためのものらしい。
いや待て。
なんで財布にコンピューターの記録媒体が入ってるんだ?
この世界、蒸気機関の世界じゃなかったのか?
だとしたら……なぜあのスリはこんな物をオレに……?
ふと顔を上げる。
大通りの向こうから、治安維持局の警ら蒸気車が赤色灯を焚きながら向かってくるのが見えた。




