第16話:現状美少女大体遅刻
「……時計合ってんのか?」
ホテルグラン・ヴィアのロビーにある大きな柱時計を眺め、ため息をついた。
このサイズならゼンマイと歯車で動かせるらしい。
流石に時計台のような、蒸気機関で同期を取る時計がそこかしこにあってたまるものか。
昨夜、ハルミは確かにオレにこう言った。
「明日9時にロビー集合ね」
ジュリアはこう言った。
「タクミくんさぁ、お一人様を捗らせて寝不足になるんじゃないよ〜」
で、今9時15分なんだけど、ロビーにはオレが一人ってわけ。
9時にわざわざ三人で集まって何をしようというのか?
それは買い物である。
入国管理局転生対策班が衣食住の面倒を見てくれるからといって、そのまま引きこもってもいられない。
そんな中、ギャル二人からメイク用品を買いたいから、地図係をして欲しいということで、オレに声がかかったという成り行きだ。
やがて、柱時計が半刻を示す澄んだ鐘の音を1回打った頃、ロビーにヨボヨボの美少女が姿を現した。
30分の遅刻だ。
金髪の方だ。
目のクマがヤツれて見えるが……どうせ自業自得だろう。
「おはぉう……ジュリは?」
「いませんよ」
「そっか……」
ハルミはあくびのついでの動作で、ラッキーストライクを一本咥えた。
「タクミも吸う?」
ズラリと並んだ吸い口が20本。こちらを向いている。
「いや、いいです」
「そうなんだ、吸わないんだっけ?」
ハルミはタバコの箱をしまいながら言った。
本当に美少女とタバコの組み合わせというやつは……
「……吸ったことはありますよ」
「へぇ……」
興味があるんだかないんだか、ハルミは、脚を組んでからぷかぁ、と煙を吐く。
「貰いタバコですけど」
「…………女?」
「どうでも良いじゃないですか。オレのことなんて」
オレはハルミを軽く睨みつけながら言った。
鼻の奥に緑マールボロのメンソールの香りが蘇る気がした。
「ちぇっ、女だったら面白かったのに」
「何が面白いんですか?」
「ウチのタバコで上書きすんだよ」
「性格悪いっす」
「そう? 他の男だったら上書きしないんだけどなぁ」
「やっぱ性格悪いっすね」
「え〜っ、愛情じゃん」
すっぴん美少女と化したハルミのからかいを受けているところに、ようやくジュリアが姿を見せた。
「……ぅオハょう……うぇっ……」
銀髪の正統派美少女から発せられる、朝のオッサンみたいなクソボイスと共に。
◇ ◇ ◇
さて、二人の長身美少女をホテルから連れ出すには、さらにタバコ二本分が灰になるのを待つしかなかった。
「どっか行きたいところ、あるんでしたよね」
オレが地図を覗きながら二人に聞くと、
「お腹空いた」
とハルミが言った。
「ホテルの朝食はどうしたんですか?」
「二日酔いでムリ」
「タクミく〜ん、どこかさっぱりしたもの食えるとこない?」
ジュリアさんが至近距離で地図を覗き込みながら耳元でささやく。
ぞわぞわぞわ……
「あひぃ! や、やめてくださいよ」
「タクミくんは、耳が弱いと」
「いらん情報をアップデートしないでください」
オレはもう一度地図を開いて、ホテル周辺に目を凝らした。
「あ、うどんのお店があるみたいですよ。酒とタバコで荒れた胃には、優しくていいんじゃないですか?」
「いいかも。でも異世界のうどんなんだよねぇ……」
「何か気になるんですか?」
「だって海外に行ってうどん食べようと思っても、ちょうどいいところにうどん屋なんて無いわけで、あっても謎の“うどんらしきもの”って可能性もあるじゃん」
「いいじゃん、行こうよ。肉うどんとか食べたいかも」
割と心配症なのか、態度が煮え切らないジュリアにハルミが背中を押す。
「近いですし、行ってみましょう」
うどん屋 “さぬ喜”
必要以上に和食っぽい屋号である。
屋号のネオンが“喜”の
そこは蒸気の立ち込めるビルとビルの間の路地に面していて、間口は狭く奥に長い、いわゆるうなぎの寝床というしつらえの店だった。
「混んでるね」
ハルミがつぶやく。
「その分うまいんじゃね?」
ジュリアが答える。
確かにこんな目立たない場所で営業しながら、満席状態というのは、地元民に愛されている証拠だ。
「空きました、空きました。いらっしゃい、いらっしゃい。さあどうぞ。何にしましょうか」
うどん屋のマスターがオレたちに手招きする。
聞き馴染みのセリフは、客を呼び入れる際の、この世界共通のマナーか何かであろうか?
三人でカウンターに着座すると、ダシのいい匂いが漂ってきた。
オレはさっき朝食を食ったところだから
「この、かけうどんの小、ってのをください」
「はいよ! お次の方は?」
店主が慣れた返事で注文をさばく。
「えーっと、肉うどん!」
「はいよ肉うどん! お次のお嬢さんは?」
「そうね……結構お腹空いちゃったのよね……」
ジュリアがメニュー札の並びに視線を走らせた。
「じゃぁ、このいなり寿司を4つ!」
うどん屋の店主がたしなめる。
「二つで十分ですよ」
「えーっ、私こう見えても、結構食べる感じだから、4つで大丈夫よ」
「二つで十分ですよ」
相当イナリが大きいのだろうか?
「それと、かけうどん追加で……」
「いやジュリアさん……なんで増やすんですか?」
……あれ、このやり取り、どうも既視感が。
とはいえ、平穏無事に平らげたオレたちは、ジュリアさんの奢りで店を出た。
よっ、太っ腹!
太っ腹ではあるが、実際はあれだけ食べても、全く腹がポッコリしないどころか、むしろ薄っ腹なくらいだ。
ハルミはあれだけ食べたせいで、さすがに少しお腹が出ている。
それでも脚は長いし腰は細い。
人体って不公平だなと思った。
不思議といえば、なんでこの人、こんなにお金持ってるのだろうか?
転生時点で何か差があったのかもしれない。
うらやましい。
とはいえ、そんなジュリアさんの資金力をもって、これから街に繰り出すのだ。
気前も器量も良いジュリアさん、ついていきます!
さて、腹も膨れたし、目的を果たさねば。
オレは再び地図に目を凝らす。
「ドラッグストア松戸清高商店…………マツキヨみたいなお店が近くにあるみたいっす」
ジュリアさんにお伺いを立てると、
「ドラッグコスメか〜……美白ばっかりのイメージなんだけど」
お気には召さなかったようだ。
個人的には美肌路線もいいと思うのだが。
「ウチらは、やっぱドンキよ」
美少女然としたハルミが治安の悪そうな言葉を発した。
「……うーん、大型のディスカウントストアですか……」
そんなに都合よくあるものだろうか。
「これ行ってみます?」
「どれ〜?」
ハルミの顔が近い。
至近距離の美少女からヤニの匂いが漂う。
「爆安の殿堂バール……だそうです」
「いいじゃん、安そう」
「驚安の殿堂じゃないんだ、まあいっかドンキじゃないんだし」
ジュリアが決定する。
「では、こっちです」
ドンキじゃないけど、鈍器ではあるんだよなぁ……
「あれじゃない?」
ハルミが指をさす先。
立ち込めるモヤの中に、一際輝く照明に照らされたクロガネの城、爆安の殿堂「バール」はあった。
バンバンバーンと、バーールー!
バールでバーンと価格破壊!
お買い物はっ♫ バールでバーン!
物騒なストアBGMだこと。




