第12話:忘れられない友達
拍子抜けするほど簡単な調書を取られた後、ジト目の少女と入れ替わるようにして、背の高い若い女性が入ってきた。
バレーボール選手のようだなと思った。
「法務省入国管理局、転生対策班のオオトモであります。
マル転、あ、いや。転生者の皆様の生活基盤が整うまで、我々がしっかりサポートさせていただきますので、ご安心してお過ごしください!」
部活の声出し? と思うくらいに声がデカい。
「まずは転生者さんの保護施設に行きましょう!」
オオトモはハキハキとしゃべった。
「衣・食・住・全部お任せください。ちょ〜っと遠いので小官がお送りしますよ」
“保護”“施設”?
先程のユカリンがいた組織もそうだが、この世界において転生者は珍しい存在ではないらしい。
ただ、それが歓迎すべき存在として捉えられているかどうかは、こいつらの言葉の端々を聞いていれば、おおよその雰囲気は分かる。
「あそこにクルマを停めてありますので、どうぞ」
オオトモが指差す方向には、さっきユカリンと暴走ドライブデートをしてきた内務省の車が見えた。
「あっ……アレ? あ、あの……」
オオトモが視線を泳がせながら言った。
「私のクルマ……知りませんか?」
知るかそんなもん。
オレは呆れてオオトモを見上げる。
「アレじゃないんですか?」
内務省の小さな車を指差して答えた。
「アレじゃありません」
ほとんど泣きそうな声でオオトモが否定した。
「じゃぁ……まさかアレじゃないですよね」
内務省を挟んで向かいの通りを、トラックが小さなクルマを牽引して走り出そうとしていた。
「あ、あ、アレですーーーーーーーーー!」
オオトモは大声で、待ってくださーいと叫びながら、駐禁の係員から公用車を取り返してきた。
「はぁぁぁぁ……、危なかったです。内務省の嫌がらせですね」
オオトモはそう言ったが、ただの交通違反であろう。
ブツクサ言いながらも、法務省の小さな車に、背の高い身を屈めながらねじ込んでいたオオトモだったが、
「あーもーっ! ……ボイラー冷えてるじゃないですか?!」
と叫んで天を仰ぎ見た。
「これって……内務省の嫌がらせですよね」
そう言ってオレを見つめたオオトモだったが、ただの交通違反だろう。
小型蒸気自動車のボイラーが炊けるのを待っていると、オオトモが懐から緑のマールボロを取り出した。
ジッポの蓋を指で弾くと、チンっ! と澄んだ音を立てて開く。
オオトモは、ジッポの火をタバコの火口に移すと大きく息を吸い込んだ。
火口が明るくなる。
オオトモは親指と人差し指でつまむようにしてタバコを吸うようだ。
「あっ……青砥さんも吸いますか?」
オオトモが視線を下げてオレを見る。
「あ、いや……オレ、吸った事ないんで」
そう返すと、彼女は意外そうな顔をした。
「マジっすか?! 珍しいですね」
「そうなんですか?」
「珍しいですよ」
「青砥さんの世界のことはわかりませんが……」
オオトモはスパスパと何回かふかした後、オレにこう言った。
「こっちじゃ、初めてのタバコは、こうやって、貰うもんなんですよ」
オオトモは長い指を器用にさばいて、自分の吸いかけをオレに渡した。
正直、火のついたタバコをこんな至近距離で見るのは初めてだった。
オレはどうやってソレを持つのが正しいのかもわからず、おそるおそるの手つきながら、
オオトモがそうしているように、人差し指と親指でタバコの吸いさしを受け取った。
「初めは、肺に入れない方が良いですかね。口の中だけで転がせば良いです」
オオトモの助言通り、そっとマールボロの吸い口に唇を当て、ゆっくりと吸い込むと、オレが知っている副流煙の臭いとは全く違う、メンソールとタバコ葉の香りがした。
オオトモは、オレが二口、三口と吸うたび、うれしそうな表情を浮かべた。
「そうだ、これもこっちの世界の風習かもですが、
初めてのタバコを交わした相手とは、忘れられない友達になるんですよ」
「じゃあオオトモさんは、オレの忘れられない友達ですね」
「そうっすよ。私も友達が増えるのはうれしいっす。
そうだ、あなたがもしタバコを始めたら、あなたの大切な誰かにあげてください」
その時、
ピーーーーーーーーーーっ!!
っと、けたたましく、小型蒸気自動車のボイラーが目覚めの音を立てた。
「休憩終了ですね。それじゃ行きますか」
オオトモは、長身を折り曲げるようにして小型自動車に収まると、圧力弁、加減弁をガチャガチャといじくり、逆転ハンドルを前進方向へ回して行った。
シリンダーに蒸気が送り込まれ、小型蒸気自動車がゆるゆると進み始めた。
乗り心地が良い。
てっきりオレは、乗り心地の悪さが、蒸気自動車特有の課題だと思っていたが、ドライバーの方の問題らしかった。
ユカリンの運転とは大違いだ。
「オオトモさんって、運転お上手ですね。オレ、てっきり蒸気自動車ってみんな乗り心地が悪いのかと思ってました」
オレがそう言って話を向けると、オオトモは複雑な表情を浮かべた。
「もしかして……その人、態度の悪いちびっ子だったんじゃないっすか?」
思い当たるフシがありすぎる。
「たぶんその人ですね……最初ギャングかと思いましたよ」
「ユカリンとか言ってませんでした?」
「そうそう、その人です」
「やっぱ、ユカリン先輩だったんすね。運が悪かったっていうか……ああいう人なんで」
「やっぱりお仕事上、省庁が違っても顔見知りなんですね」
「……って言いますか、あの人、地元の先輩なんすよ」
そう言いながらタバコの火を、車内の灰皿で揉み消した。
「私にタバコを教えた人っすよ」
意外なつながりに驚いていると、蒸気自動車は広めの車回しに到着した。
「着きましたよ。転生者さんの保護施設。
ホテルグラン・ヴィアテートシティです。
内務省からの引き継ぎ書は、うちのハナダ先輩が引き継いでるんで、安心してください」
ホテル グラン・ヴィア テートシティ。
そこはオレが想像していた保護施設では、全くなかった。
建物こそ古いが、帝都のシティホテルとして長年その役目を果たしてきたという自負のようなものが感じられる。
デカい扉が開くと柔和な笑みの女性が待っていた。
どういう手段かはわからないが、しっかりと連絡が行き届いているようだ。
「ようこそ、青砥タクミ様。私は法務省の外局、入国管理局転生対策班のハナダと申します。こちらは、転生者の皆様の生活基盤が整うまでの生活拠点としてお使いいただけます。困ったことがあればなんなりとお申し付けください」
にこやかなハナダの後ろには、3階吹抜けの優雅で広いロビーが広がっていて、そこの一角に、
治安の悪そうなギャルが、二人でタバコを吸っていた。




