第11話:ノワール公務員
「ムッシゅ? くぁwせdrftgyふじこlp びって?」
背の低い少女が、何事かしゃべっているが、言っている言葉が全くわからない。
すると、
「あなたを逮捕すると言っています」
オヤジが物騒なことを言った。
「まさか、人違いでしょ?」
「いえ、転生者だな、と言っています。あなた転生者ですね?」
オレは箸を置くと、少し不機嫌そうなテンションでオヤジに言った。
「食事中だと伝えてくれますか?」
「……あーあーあー! えがいに直ったの。
おい、さっさとついて来い豚野郎!」
オレは思わず、頬張っていた魚を吹き出した。
天使のようであり、悪魔のような雰囲気もある、口の悪いゴス少女は、ジト目でオレを見据え、間違いなくオレにそう言ったのだ。
「待ってください、待ってください、お客さん、お代、お代」
オヤジが慌てて声を荒げた。
「ほぉじゃ、コレでええかの?」
少女は懐に手を入れた。
オレは紙幣でも出すのかと思いながら少女を見る。
しかし次の瞬間、拳銃の銃口がオヤジの眉間をピタリと捉えていた。
「と、とんでもない、あっ、思い出しました。すでにいただいていました……へへへ」
そう言って引きつった笑顔で少女を見つめた。
当然オレが払った事実はない。
「こっちじゃ」
少女の言う通りにして、おとなしくついていくことにした。
チラと振り返ると、オヤジがオレたちの後ろ姿に塩を撒いているところだった。
こいつ……今のところオヤジにとっては疫病神らしいが、願わくばオレにとっては天使でいてくれ……というのは虫が良すぎるか?
少女に促されるまま、オレは小さい車に押し込められると、彼女は直ちに車内のバルブをひねった。
ピーーーーーーーーーーーーーーっと、けたたましい音を立てて蒸気を噴き上げる。
ブレーキをリリース、間髪入れずに加減ノッチを力いっぱい引き下げ、逆転と書かれたハンドルをクルクルと回していくと、小さな車はものすごいトルクで石畳を蹴り上げるように発進した。
「うおおおぉぉぉぉぉ! ぶ、ぶつかるうぅぅぅ」
助手席で絶叫するオレのことは一顧だにせず、少女は運転席で逆転機を器用に操りながら、操舵ハンドルを華麗にさばいてゆく。
ガソリンのオートマチック車と違って、この世界の車はとにかくやることが多いようだ。
「おい、マル転、今じゃ、その紐を引けぇ!」
運転席の少女が叫ぶ。
「な、なんですか、あっ、紐? あ、コレか、引けば良いんですね」
オレは訳も分からず、天井から下がる紐を引っ張った。
ふぅ、ぷふぉおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
ややかすれた汽笛が鳴って、前をゆく人々が驚いて、道の両脇に飛び退いた。
通行人を蹴散らすようにして、小さな暴走機関車は、仰々しい煉瓦造りの建物の前で急制動をかけた。
「あいててて……」
打った頭を押さえているオレに、少女は、
「降りぃ、ついて来んさい」
少女はそれだけ言って、小さな車のドアを閉めた。
決してついて行きたくは無いが、逆らうと、あの拳銃が火を噴きそうだ。
仰々しいレンガ造りの建物は、入り口に青銅のプレートで『内務省 治安維持局』と書いてあった。
いかにもな役所。それも相当厄介な部類の役所だとオレの直感が告げる。
暗く長い廊下を進み、机と椅子だけの簡素な部屋に通された。
レンガ造りの洋風の部屋。
悪く言えば、網走監獄のようにも見える。
しばらくすると、先程の少女がファイルを抱えて入室してきた。
「内務省 治安維持局 異界来訪者監理室のユカリンいうもんじゃ。たちまち始めるけぇの」
……ユカリン?
ここまでの少女の素行を思い出しながら、オレは目の前のユカリンを見つめる。
えっ……ユカリン?
「……何じゃぁ?」
「あ、いえ……なんかかわいいお名前だなと思ったもので……はい」
ユカリンは底冷えするような目でオレを見据え、言った。
「お前には関係ないことじゃろが、それに」
「それに?」
「死にかけのババァから、生まれたての赤子まで、どこにでもある名前じゃろが」
オレの頭の中に、フリフリのドレスを着たおばあさんが、ユカリンじゃよ♡ と言っている映像が一瞬流れた。
「無駄口叩いとらんと、たちまち終わらせるけぇの
この後、飲み会があるんじゃ」
どうもイライラしていると思ったら、こいつ……個人的な理由すぎる。
オレはこの異様な緊張を紛らわせたくて、どうでもいい話を続けることにした。
「飲み会いいですね。お酒もいいんですが、酒の肴がたまりませんよ。ユカリンさんは、何がお好きなんですか?」
ユカリンは、少し間をおいて。
「梅水晶」
と言った。
梅水晶、こっちにもあるんだ。
「美味しいですよね梅水晶。ユカリンさんお若く見られそうだから、居酒屋で止められたりしそうですよね」
オレの軽口に、ユカリンは冷たいジト目でソレを返した。
「無いが?」
バッドコミュニケーションをやらかしたかと思ったが、短いながらちゃんと答えてくれた。冷や汗が出る。
「名前は?」
「青砥タクミです」
「どんな字だ?」
「青砥駅の青砥です……」
ちらりとユカリンを見ると、なんだ? 地名か? 異世界の地名なんて知らねーよ、ボケナスが。みたいな顔をしていたが、威厳を保つ為なのかそれ以上聞いてくる事はなく、カタカナで、アオト タクミ と記入していた。
「年齢は?」
「21です。もうすぐ22です」
「ふーん……年上か……。まぁええわ。お前若く見られるじゃろ」
「ええ、まぁ」
「童貞か?」
「…………っ?! それ、質問事項ですか」
「いや、そう思っただけじゃ」
アニメとかだと、この後『お姉さんが色々教えてあげようか?』みたいな展開があるのかもしれないが、目の前にいるのは、背の低い痩せぎすの少女なのだった。
態度も性格も悪いときている。
「転生者じゃいうて、いつからおるんなら?」
ムフフな展開があるわけもなく、事務的な質問が続く。
「わかりません。目覚めたのは今日です」
「なるほどの。わかった」
そう言うと、ユカリンはファイルを閉じた。
「……終わりですか?」
「ほうじゃ」
ユカリンは一切の無駄がない口調で答えた。
「この後、法務省の転生者対策班へ移送するけぇの」
なるほど、まだ先があるようだ。
「なんか拍子抜けっていうか、オレ、尋問されるのかと思いましたよ」
「なんでじゃ?」
「だって、街中でためらいなく拳銃抜いたりするじゃないですか」
オレは気の毒なオヤジを思い出す。
「話が早うてええが」
「それにしても拳銃は物騒過ぎません?」
「拳銃は、撃つまでが一番威力を発揮しよるんじゃ」




