第6話 アストリア
それから四日後。
グランとダンは街道を進み続けていた。
あの日以来、魔物に襲われることはない。
盗賊とも遭遇しなかった。
旅は驚くほど穏やかだった。
九日目の朝。
ダンが前を指差した。
「見えてきたぞ」
グランは顔を上げる。
そして。
足を止めた。
視界の先。
巨大な城壁がそびえ立っていた。
高い。
ただ高いだけではない。
圧倒的だった。
フェルン村とは比べ物にならない。
地平線の向こうまで続く巨大な壁。
門の前には無数の人々。
荷馬車。
旅人。
商人。
冒険者。
絶え間なく行き交っている。
「驚いたか?」
ダンが笑う。
グランは小さく頷いた。
「大きい」
「だろうな」
ダンは少し得意そうに笑った。
「あれがアストリアだ」
「願いの塔最大の街」
グランは言葉を失う。
門をくぐる。
その瞬間。
世界が変わった。
人が多い。
多すぎる。
聞いたことのない言葉。
見たことのない服装。
露店から漂う香辛料の匂い。
鍛冶場から響く金属音。
酒場から聞こえる笑い声。
全てが新しかった。
そして。
人間だけではない。
尖った耳を持つエルフ。
逞しい身体のドワーフ。
獣の耳や尻尾を持つ獣人。
フェルン村では滅多に見ることのない種族達が当たり前のように歩いている。
思わず周囲を見回してしまう。
世界は広い。
そんな当たり前の事を。
グランは初めて実感した。
「ははっ」
ダンが笑う。
「完全に田舎者の顔だな」
グランは少しだけ視線を逸らした。
否定は出来なかった。
街の奥へ進む。
さらに人が増える。
様々な声が飛び交う。
笑う者。
怒鳴る者。
夢を語る者。
酒に酔う者。
ここには本当に色々な人間がいた。
様々な種族。
様々な人生。
様々な願い。
その全てがアストリアへ集まっているようだった。
やがて。
一際大きな建物が見えてくる。
巨大な石造りの建築物。
無数の冒険者が出入りしていた。
剣を背負う者。
杖を持つ者。
傷だらけの者。
まだ若い者。
誰もがそれぞれの目的を胸に歩いている。
「着いたぞ」
ダンが言った。
「冒険者ギルド本部だ」
グランは見上げる。
大きい。
ただそれだけで圧倒される。
「ここが……」
「ああ」
ダンは頷いた。
「アストリアの冒険者ギルド本部だ」
「この街の中心みたいなもんだな」
グランはしばらく建物を見つめていた。
冒険譚で何度も読んだ場所。
憧れていた場所。
それが今。
目の前にある。
「ほら」
ダンが銀貨を差し出した。
グランは首を傾げる。
「いいの?」
「ああ」
ダンは頷く。
「四日間の護衛代だ」
「でも」
「受け取れ」
言葉を遮られた。
「ここは何をするにも金がかかる」
ダンは苦笑する。
「飯を食うにも金がいる」
「宿に泊まるにも金がいる」
「冒険者ってのは思った以上に金が飛ぶぞ」
グランは銀貨を見る。
決して大金ではない。
それでも。
初めて自分で稼いだ金だった。
静かに受け取る。
「……ありがとう」
「気にするな」
ダンは笑った。
「命を助けてもらったのは俺の方だ」
そう言って荷馬車へ向き直る。
「じゃあ俺はここまでだ」
グランは頷く。
「うん」
「冒険者になれるといいな」
「頑張る」
ダンは少し驚いた顔をした。
その言葉に迷いが無かったからだ。
やがて笑う。
「そうか」
そして手を振った。
「また縁があれば会おう」
少し歩いてから振り返る。
「今度は客として来てくれ」
「値引きはしないぞ」
グランは少し考える。
「……高そう」
ダンは大声で笑った。
「違いない」
それが最後だった。
ダンは人混みの中へ消えていく。
グランはその背中を見送った。
短い付き合いだった。
それでも。
旅で初めて出会った人だった。
姿が見えなくなる。
グランはゆっくりと前を向いた。
目の前には冒険者ギルド本部。
世界中の冒険者が集まる場所。
夢を抱く者達の始まりの場所。
胸の奥が少しだけ高鳴る。
期待。
不安。
緊張。
様々な感情が入り混じる。
グランはギルドの大きな扉を見つめた。
そして。
静かに手を伸ばす。




