第5話 最初の報酬
ゴブリン達の姿が森の奥へ消えていく。
静寂が訪れた。
グランはその場に立ち尽くしていた。
肩が上下している。
心臓はまだ激しく脈打っていた。
怖かった。
本当に。
今になって全身が震え始める。
生きている。
自分も。
商人も。
その事実が不思議だった。
初めての戦いだった。
初めて魔物と戦った。
初めて人を守った。
胸の奥に言葉に出来ない感覚が渦巻いていた。
恐怖。
安堵。
高揚。
様々な感情が混ざり合っている。
「た、助かった……」
商人の声で我に返る。
グランは振り返った。
商人は地面へ座り込んでいる。
顔色は悪い。
腕から血も流れていた。
「怪我は?」
それしか言えなかった。
商人は苦笑する。
「ああ……何とかな」
そう言う割には辛そうだった。
グランは近付く。
「見せて」
父から応急処置は教わっていた。
森で怪我をすることは珍しくなかったからだ。
傷を洗い。
布を巻く。
幸い傷は深くない。
「これで大丈夫」
商人は腕を動かした。
「おお……随分楽になった」
グランは小さく頷く。
それから荷馬車へ向かった。
壊れた車輪を見る。
「直せそうか?」
商人が尋ねる。
「やってみる」
完全な修理は出来ない。
だが応急処置なら出来る。
ルークから教わった知識を思い出しながら木材を削り、縄で固定していく。
一時間ほどして。
荷馬車は何とか動くようになった。
商人は目を丸くした。
「応急処置も出来る」
「馬車も直せる」
「お前、本当に冒険者見習いか?」
「違う」
「違うのか?」
「狩人の息子」
短い返事だった。
商人は思わず笑う。
「なるほどな」
妙に納得してしまった。
そして立ち上がる。
少し姿勢を正した。
「俺はダン」
「行商人だ」
手を差し出す。
グランは少し遅れて握り返した。
「グラン」
「よろしくな、グラン」
ダンは笑った。
その後。
ダンは荷台を探り始める。
木箱を開く。
そして一本の剣を取り出した。
鉄の剣だった。
鞘付きの新品。
「これを受け取ってくれ」
グランは目を瞬かせた。
「いいの?」
「ああ」
ダンは真っ直ぐ頷く。
「命を救ってもらった礼だ」
冗談ではない。
本気だった。
「あのままなら俺は死んでいた」
「これはその礼だ」
グランは鉄剣を見る。
それから腰の折れた木剣へ視線を落とした。
五年間振り続けた木剣。
父との思い出。
母を支えた日々。
旅立ちの日も一緒だった。
そして今。
役目を終えたように折れている。
グランは静かに鉄剣を受け取った。
木剣より重い。
冷たい。
ずっしりとした重みがあった。
人生で初めて持つ本物の剣だった。
「……ありがとう」
ダンは少し驚いた顔をする。
けれどすぐに笑った。
「気にするな」
その日の午後。
二人は街道を進み始めた。
ダンの目的地も願いの塔の麓にある街だった。
「実はな」
荷馬車を引きながらダンが言う。
「普段この街道に魔物なんて出ないんだ」
苦笑する。
「だから護衛代をケチった」
「結果がこれだ」
腕を見て大きくため息を吐く。
「反省してる」
グランは黙って聞いていた。
「グラン」
「街まで護衛を頼めるか?」
「報酬は?」
「飯と寝る場所」
少し考える。
「それと街までの同行だ」
グランは頷いた。
「十分」
「助かる」
ダンは笑う。
夕暮れの街道。
二人は並んで進む。
ダンはよく喋る男だった。
街の話。
商人の話。
冒険者ギルドの話。
そして。
願いの塔の話。
「塔の麓にはアストリアって街がある」
「世界中の冒険者が集まる大都市だ」
「強い奴もいる」
「夢を諦めた奴もいる」
「一攫千金を狙う奴もいれば、居場所を探してる奴もいる」
グランは黙って聞いていた。
まだ見ぬ街。
まだ見ぬ塔。
まだ見ぬ人々。
胸の奥が少しだけ高鳴る。
願いの塔はまだ見えない。
けれど。
確実に近付いていた。
少年の旅は。
ようやく始まったばかりだった。




