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第4話 初めての戦い

 フェルン村を出て五日。


 グランは街道を歩いていた。


 空は高く澄み渡り。


 風は穏やかだった。


 旅にも少しずつ慣れ始めていた頃だった。


 その時。


「た、助けてくれぇ!!」


 悲鳴が響いた。


 グランは足を止める。


 声は街道の先から聞こえてくる。


 再び悲鳴。


 今度はもっと近い。


 グランは腰の木剣へ手を伸ばした。


 そして走り出す。


 木々を抜けた先。


 そこには横倒しになった荷馬車があった。


 車輪は壊れ。


 積荷は散乱している。


 馬は怯えたように暴れていた。


 一人の商人が槍を握っている。


 腕から血が流れていた。


 怪我をしている。


 そして。


 三匹のゴブリン。


 古びた斧。


 錆びたナイフ。


 醜く歪んだ笑み。


 獲物を追い詰めた獣の目だった。


「来るなっ!」


 商人が槍を振るう。


 だが動きは鈍い。


 長くは持たない。


 一匹のゴブリンが飛び出した。


 商人が悲鳴を上げる。


 その瞬間。


 グランは地面を蹴った。


 木剣を抜く。


 勢いのまま振るう。


 だが。


 空を切った。


「ギャッ!?」


 ゴブリンが驚いて飛び退く。


 グランの背筋を冷たいものが走った。


 失敗した。


 本物の戦いだった。


 木剣の素振りとは違う。


 失敗すれば死ぬ。


 心臓が激しく脈打つ。


 呼吸が浅くなる。


 怖かった。


 本気で怖かった。


 逃げたいとすら思った。


 その時だった。


 父の声が蘇る。


 森で何度も聞いた声。


 狩りの時。


 獣を追う時。


 必ず言われた言葉。


 ――慌てるな。


 ――獲物をよく見ろ。


 グランは息を吐く。


 ゴブリンを見る。


 焦るな。


 よく見ろ。


 ゴブリンがナイフを構える。


 飛び掛かる。


 重心が前へ流れる。


 その瞬間。


 グランは横へ動いた。


 ナイフが空を切る。


 木剣を振り下ろす。


 鈍い音が響いた。


「ギャッ!?」


 ゴブリンが地面を転がる。


 残る二匹が唸り声を上げた。


 同時に飛び掛かってくる。


 グランは木剣を構えた。


 怖い。


 それでも。


 逃げるわけにはいかなかった。


 商人が後ろにいる。


 木剣を振るう。


 斧を受け流す。


 ナイフを避ける。


 必死だった。


 綺麗な戦いではない。


 泥臭く。


 ただ生き残るための戦いだった。


 斧が肩を掠める。


 熱が走る。


 服が裂ける。


 浅い傷。


 痛い。


 けれど止まれない。


 再び振り下ろされた斧を木剣で受ける。


 その瞬間。


 木剣の奥で嫌な音がした。


 だが気にしている余裕は無かった。


 グランは木剣を振るう。


 ゴブリン達は後退る。


 仲間が倒れた。


 目の前の人間は思ったよりしぶとい。


 商人も槍を構え直している。


 勝てない。


 そう判断したのだろう。


 一匹が甲高い声を上げた。


 次の瞬間。


 三匹は一斉に森へ逃げ出した。


 静寂。


 風が吹いた。


 グランはその場に立ち尽くす。


 全身から力が抜けた。


 生きていた。


 本当に。


 紙一重だった。


「た、助かった……」


 商人がその場へ座り込む。


 グランは振り返った。


「怪我は?」


 それしか言えなかった。


 商人は苦笑する。


「ああ……何とかな」


 その時だった。


 ――パキッ。


 小さな音が響く。


 グランは手元を見る。


 木剣に入っていた亀裂が広がっていた。


 ゆっくりと。


 まるで役目を終えたように。


 そして。


 先端が地面へ落ちる。


 音もなく。


 静かに。


 グランは折れた木剣を見つめた。


 十一歳の時。


 初めて剣を教わった日から使い続けた木剣。


 父が死んだ日も。


 母を看病した日々も。


 ずっと振り続けてきた。


 五年間。


 いつも一緒だった。


「大事な物だったのか?」


 商人が尋ねる。


 グランは少しだけ考えた。


 そして頷く。


「うん」


 短い返事だった。


 グランはしゃがみ込む。


 折れた木剣を拾い上げた。


 そして静かに鞄へしまう。


 捨てるという選択肢は無かった。


 風が吹く。


 グランは立ち上がる。


 折れた木剣の重みだけが。


 いつまでも手の中に残っていた。

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