第48話 六階層への挑戦①
星塔の旅団を後にすると、夜風が心地よく頬を撫でた。
夕食を終えた街は昼間とは違う賑わいを見せている。
酒場からは陽気な笑い声が聞こえ、露店では店主が片付けを始め、石畳には塔帰りの冒険者たちが行き交っていた。
グランとシファは、夜猫の帳へ向かって並んで歩く。
「いやー、美味しかった!」
シファは満足そうに息を吐いた。
「ミリアさん、料理まで上手なんて反則だよね。」
「本当に美味しかった。」
グランが頷くと、シファは嬉しそうに笑う。
「でしょ? また食べに行きたくなっちゃう。」
その言葉に、グランも小さく笑みを浮かべた。
少し前まで他人だった。
それが今日は同じ食卓を囲み、明日からは同じPTとして塔へ挑む。
不思議な縁だと感じる。
「そういえばさ。」
シファが歩きながらグランを見る。
「六階層ってどんな場所か聞いてる?」
「少しだけ。」
「じゃあ補足!」
そう言うと、シファは人差し指を立てた。
「一階層から五階層までとは別世界。」
「草原じゃなくて坑道。」
「岩ばっかりで道も狭いし、曲がり角も多い。」
「見通しも悪い?」
「うん。でも、それより厄介なのは魔物かな。」
シファは少しだけ真面目な表情になる。
「ホブゴブリンもいるし、コボルトも出る。」
「私の魔法ならホブゴブリンくらい問題ないけど。」
その言葉には一切の迷いがなかった。
自信ではない。
確信だった。
グランは苦笑する。
「ずいぶん自信があるんだね。」
「あるよ。」
シファは胸を張る。
「魔法だけは誰にも負ける気しないもん。」
「そのせいで、マスターにもレイナさんにもよく怒られるけど。」
「怒られる?」
「『自分の魔法を信じるのはいい。でも過信するな』って。」
シファは肩をすくめた。
「私は当たれば終わるって思ってるんだけどね。」
「外した時のことも考えろって、毎回言われる。」
そう言いながらも、反省している様子はあまりない。
グランはそんなシファを見て、思わず笑った。
「でも、前は僕が守る。」
その一言に、シファはきょとんと目を丸くする。
すぐに口元が緩み、にっと笑った。
「じゃあ安心!」
「私は後ろから思いっきり魔法撃つ!」
「頼りにしてる。」
「任せなさい!」
勢いよく胸を叩く。
その様子を見ていると、不思議と緊張が和らいでいく。
初めて組むPT。
けれど、不安よりも楽しみの方が少しだけ大きかった。
やがて、一軒の建物が見えてくる。
木製の看板には、
――夜猫の帳。
と刻まれていた。
「着いた!」
シファは迷いなく扉を開ける。
「ただいまー!」
明るい声が建物の中へ響く。
奥の部屋から足音が聞こえ、一人の男性が姿を現した。
細身の身体。
茶色の髪。
黒い瞳。
知的で穏やかな雰囲気をまとった男性は、シファを見て優しく微笑んだ。
「おかえり、シファ。」
「ただいま、マスター!」
シモンはグランへ視線を向ける。
グランは一歩前へ出て、深く頭を下げた。
「星塔の旅団所属、グラン・ウォーカーです。」
「明日からシファさんとPTを組ませていただくことになりました。」
「ご挨拶だけでもと思い、お伺いしました。」
シモンは穏やかに頷き、一礼する。
「ご丁寧にありがとうございます。」
「私は夜猫の帳のクランマスター、シモン・ボリバです。」
「シファがお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします。」
グランも改めて頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
互いに礼を交わす。
それだけで十分だった。
明日から同じPTとして塔へ挑む。
その相手を預かる者として。
その仲間と共に戦う者として。
互いの礼節が、短いやり取りの中に表れていた。
「よし!」
シファは満足そうに手を叩く。
「これで準備はばっちり!」
シモンが苦笑する。
「まだ装備の最終確認が残っているだろう?」
「あっ。」
シファは一瞬固まる。
「……そうだった。」
「今日は帰ったらちゃんと確認します。」
「その返事なら安心かな。」
シモンは小さく笑った。
その笑顔を見て、シファも照れくさそうに笑い返した。




