第49話 六階層への挑戦②
翌朝。
澄み切った青空の下、願いの塔は今日も静かに天へとそびえ立っていた。
塔の正門前には、朝早くから多くの冒険者が集まっている。
素材採集へ向かう者。
高層階を目指す者。
新人を引率する教官。
それぞれが装備を整え、目的の階層へ向かおうとしていた。
「おはよう、グラン!」
東門で待っていたシファが、大きく手を振る。
「おはよう。」
グランも笑みを浮かべながら歩み寄った。
「忘れ物ない?」
「大丈夫。」
「私は昨日マスターに言われたから三回確認した!」
そう言って腰のポーチを軽く叩く。
「ポーションよし! 魔石よし! お金もよし!」
「完璧だね。」
「でしょ?」
シファは得意そうに胸を張った。
二人は並んで願いの塔の巨大な門をくぐる。
広いエントランスには、多くの冒険者が行き交っていた。
正面には一階層へ続く大きな通路。
そして、その左右には青白い光を放つ巨大な魔法陣が幾つも並んでいる。
「これが……。」
グランは思わず足を止めた。
魔法陣は静かに光を放ち、床一面に複雑な魔法文字を浮かび上がらせている。
その周囲では冒険者たちが迷うことなく冒険者プレートを掲げ、次々と光の中へ消えていった。
「すごい……。」
初めて見る光景だった。
人が、一瞬で姿を消す。
目の前で起きているにもかかわらず、現実とは思えない光景にグランは息を呑む。
「最初は私もびっくりしたよ。」
シファが笑う。
「『えっ、本当に消えた!?』って叫んじゃってさ。」
「周りの人に笑われたけど。」
「想像できる。」
「えー、それどういう意味?」
頬を膨らませるシファを見て、グランは思わず笑った。
その時、エルドの言葉が脳裏によみがえる。
『塔の入口にある転移門――ポータル。』
『五階層ごとに到達済みの階層へ転移できるようになっておる。』
『毎回一階層から登る必要はない。』
エルドは一枚の金属製プレートを掲げた。
『じゃが、冒険者プレートがなければ反応はせん。』
『これは身分証であると同時に、塔と共鳴する魔道具でもある。』
さらに、小さな赤い魔石を取り出す。
『そして、これが救難用魔石じゃ。』
『命の危険を感じたら迷わず砕け。』
『ギルドへ救援要請が届き、救助隊が向かう。』
『攻略は終わるが、生きて帰れば何度でも挑戦できる。』
『冒険者にとって、一番大切なのは命じゃ。』
グランは腰のポーチへ静かに手を添えた。
中には救難用魔石が収められている。
冷たい感触を確かめ、小さく頷いた。
「行こっか。」
シファは冒険者プレートを取り出す。
二人は「第五階層」と刻まれたポータルへ歩み寄った。
プレートをかざすと、魔法陣が淡く輝き始める。
足元から青白い光が立ち昇り、身体がふわりと浮き上がるような感覚に包まれた。
視界が真っ白に染まる。
音が遠ざかる。
そして次の瞬間。
二人は第五階層の転移広場へ立っていた。
「一瞬……。」
グランは驚きを隠せない。
歩いた感覚もない。
ただ一瞬で景色だけが入れ替わっていた。
「便利でしょ?」
シファは得意そうに笑う。
「じゃあ、ここからが本番。」
二人は広場を後にし、六階層へ続く通路を歩き出す。
階段を下りるたび、空気が少しずつ変わっていく。
草の匂いが薄れ、代わりに湿った岩の匂いが鼻をついた。
やがて二人は、六階層へと足を踏み入れる。
冷たい空気。
黒く湿った岩壁。
天井から落ちる雫が、静かな坑道に一定の音を響かせている。
曲がりくねった通路の先は闇に包まれ、何が潜んでいるのか分からない。
一階層から五階層までとは、まるで別世界だった。
「ここに来るとさ。」
シファは杖を握り直す。
「『初心者エリアは終わった』って感じがするんだよね。」
その瞳には、いつもの明るさとは違う鋭い光が宿っていた。
「でも。」
にっと笑う。
「ホブゴブリンくらいなら、私の魔法で吹き飛ばせる。」
その言葉には揺るぎない自信があった。
グランもメイスを握る。
「その前に、僕が道を作る。」
「よろしく!」
二人は慎重に坑道の奥へ歩き始めた。
静寂の中、水滴が岩を打つ音だけが響く。
その時だった。
カン――。
乾いた金属音が坑道の奥から響く。
続いて、重い足音。
ガッ……ガッ……。
シファの笑みが静かに消えた。
杖を構え、小さく呟く。
「……ホブゴブリン。」
グランもメイスを構え、闇の奥を真っ直ぐ見据えた。




