第45話 問題児の魔法使い④
「……変な人」
シファは小さく呟いた。
その声には、もう先ほどまでの刺々しさはなかった。
ギルドは静まり返っている。
誰も口を開かない。
シファはグランを見つめたまま、小さく息を吸う。
真っ直ぐな灰色の瞳。
そこには同情も憐れみもなかった。
ただ、一緒に塔へ登りたいという気持ちだけがあった。
「……本当に後悔しない?」
静かな問いだった。
グランは迷わず頷く。
「はい」
即答だった。
シファは思わず苦笑する。
「即答なんだ」
グランは照れたように笑うだけだった。
その笑顔を見つめ、シファはゆっくりと目を閉じる。
長い沈黙。
ギルド中の誰もが、その返事を待っていた。
やがて小さく息を吐き、照れ隠しのように視線を逸らす。
「……分かった」
少しだけ頬をかきながら呟く。
「組んであげる」
その瞬間。
ギルド中がどよめいた。
「本気か……!」
「シファが了承した?」
「信じられねぇ……」
人混みの中から、先ほどの元パーティーメンバーの男が静かに笑う。
「初めて見たよ」
シファが男を見る。
「何が?」
「お前が、人を信じようとしてるところを」
シファは照れくさそうに顔を逸らした。
「……まだ信じたわけじゃない」
「そうか」
男は穏やかに笑う。
「でも、それで十分だ」
少し間を置き、真っ直ぐグランを見る。
「頼んだぞ」
「はい」
グランは力強く頷いた。
男は満足そうに笑い、人混みの中へ戻っていった。
受付の職員が羽ペンを持って近づく。
「それでは、パーティー登録を行います」
二人は受付へ並んだ。
「所属クランをお願いします」
「星塔の旅団です」
グランが答える。
「夜猫の帳よ」
シファも続ける。
職員は頷き、羊皮紙へ書き込んでいく。
「別クラン同士の混成パーティーですね」
さらさらと羽ペンが走る。
「登録完了です」
二人は認識票を受け取り、ギルドを後にした。
外へ出ると、柔らかな風が頬を撫でる。
願いの塔は今日も空高くそびえ立っていた。
しばらく並んで歩いていると、シファが口を開く。
「そういえば」
「はい」
「星塔の旅団って、あの星塔の旅団?」
「知っているんですか?」
「昔は有名だったもの」
シファは少し懐かしそうに笑う。
「でも、まだ活動してたのね」
「はい」
グランは自然と笑みを浮かべる。
「……驚くとは思いますけど、皆さん優しい人です」
「でしょうね」
シファは肩に担いだ杖を軽く叩いた。
「挨拶くらいはしておかないと」
「きっと喜んでくれます」
「それはどうかしら」
二人は石畳を歩き、やがて古びたクランハウスの前へ辿り着く。
色褪せた外壁。
古い木の扉。
けれど、丁寧に手入れされていることが伝わってくる。
「……ここ?」
「はい」
グランは懐かしそうに建物を見上げる。
「僕の帰る場所です」
シファはその言葉を静かに聞いていた。
その時。
ギィ、と扉が開いた。
中からレイナが姿を現す。
「おかえ――」
言葉が止まる。
グランの隣に立つシファを見て、眉がぴくりと動いた。
数秒の沈黙。
そして額に手を当て、深いため息をつく。
「……なんで問題児まで連れてきた」
シファの眉がぴくりと跳ねた。
「誰が問題児よ!」
「お前だ」
「初対面で失礼ね!」
「事実を言っただけだ」
「何ですって!」
二人が睨み合った、その時だった。
「お帰りなさい……あら?」
奥からミリアが顔を覗かせる。
二人を見比べ、小さく目を丸くした。
さらに奥から、穏やかな笑い声が響く。
「ほっほっほ」
エルドだった。
「今日はまた、賑やかな一日になりそうじゃのう」
その言葉を聞きながら、グランは思わず苦笑した。
新しい仲間との日々が、今、静かに始まろうとしていた。




