第44話 問題児の魔法使い③
「あの……」
静まり返ったギルドに、グランの声だけが響いた。
シファは足を止める。
ゆっくりと振り返ったその瞳には、警戒と、諦めにも似た色が宿っていた。
――また拒まれる。
そんな覚悟が、その表情には滲んでいる。
「……私?」
「はい」
短い返事だった。
だが、グランの視線は真っ直ぐだった。
シファは眉をひそめる。
「何?」
周囲の冒険者たちは息を呑む。
「お、おい……」
「本当に話しかけるのか」
「相手が誰か分かってるんだろうな?」
ざわめきが広がる。
グランは静かに頭を下げた。
「僕と、パーティーを組んでもらえませんか」
その一言に、ギルド中の空気が止まる。
「……は?」
シファは目を丸くした。
「本気か?」
「噂を聞いてないのか?」
シファは自嘲気味に笑う。
「私のこと、聞いてないの?」
「聞きました」
「問題児だって?」
「はい」
「何度もパーティーをクビになったって?」
「それも聞きました」
シファは肩をすくめる。
「だったら、やめておきなさい」
「どうしてですか?」
その問いに、シファは答えられなかった。
人混みの中から、一人の男がゆっくり歩み出る。
三十代半ばほどの剣士だった。
左腕には、大きな火傷の痕が残っている。
その姿を見た瞬間、シファの表情がわずかに曇った。
「……あんた」
男は静かに頷く。
「覚えてたか」
ギルドが静まり返る。
「俺は三か月前まで、シファと同じパーティーだった」
誰も口を挟まない。
「六層でのことだ」
男は遠くを見るような目で語り始めた。
「相手はホブゴブリンだった」
「前衛の俺たちが押さえ込んでいた。あと少しで仕留められるところだった」
シファは俯いたまま動かない。
「その時、お前は火魔法を放とうとした」
男はゆっくり息を吸う。
「『待て!』」
「『まだ撃つな!』」
「『前に俺たちがいる!』」
あの時の叫びが、そのままギルドへ蘇る。
「でも、お前は言った」
男は真っ直ぐシファを見た。
「『私が外すわけないでしょ』……ってな」
シファの拳が強く握られる。
「魔法はホブゴブリンを吹き飛ばした」
「だが、俺たちも飛び退くしかなかった」
男は左腕の火傷へ目を落とす。
「俺は避けられた」
「でも、隣にいた仲間は避け切れなかった」
火傷の痕をそっと撫でる。
「腕に大火傷を負った」
重い沈黙が流れる。
「俺たちは、お前の魔法が怖かったんじゃない」
男の声は穏やかだった。
「お前の力は信じてた」
「だから仲間になってほしかった」
一拍置く。
「でも、お前は最後まで、俺たちを信じてくれなかった」
シファは俯いたまま何も言わない。
指先だけが、小さく震えていた。
「だから……俺たちは、お前をパーティーから外した」
男は静かに息を吐く。
「……俺たちにも、お前を支え切れなかった責任はある」
「もっと向き合うべきだったのかもしれない」
「それだけは、今でも悔やんでる」
シファは長い間、黙っていた。
やがて、小さく呟く。
「……あっちが勝手に諦めただけよ」
その声は、どこか震えていた。
男は静かに首を横へ振る。
「違う」
「俺たちは最後まで諦めたくなかった」
「でも、お前は最後まで仲間を頼ろうとしなかった」
返す言葉はなかった。
ギルドは静まり返る。
グランは、そのやり取りを黙って見つめていた。
やがて、その視線は自然とシファの右手へ向かう。
細い指。
杖を握る指の付け根には、硬い豆がいくつもできていた。
何度も杖を握り。
何度も魔法を放ち。
何度も繰り返し練習してきた者だけが持つ手だった。
グランは、自分の掌を見下ろす。
メイスを握ってできた豆。
盾で擦れて硬くなった指先。
少しだけ、似ていると思った。
「その手……」
シファがゆっくり顔を上げる。
「……え?」
「僕と同じですね」
シファは目を瞬かせた。
グランは穏やかに微笑む。
「何度も杖を握ってきた人の手です」
シファは無意識に自分の右手を見つめる。
その手を、こんなふうに見られたのは初めてだった。
危険だと言われたことは何度もある。
問題児と笑われたこともある。
けれど、その手に刻まれた時間を見てくれた人は、一人もいなかった。
「……変な人」
小さく漏れたその声には、もう棘はなかった。
ほんの少しだけ。
口元が柔らかく緩んだ。




