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第38話 孤戦(中編)

 鉄と鉄が激しく噛み合う。


 耳をつんざく金属音が草原へ響き渡った。


「ぐっ……!」


 盾越しに伝わる衝撃で、腕の骨が悲鳴を上げる。


 握った柄が軋み、指先の感覚が薄れていく。


 ホブゴブリンは力任せではなかった。


 押し込む。


 引く。


 そして。


 グランの体勢が崩れた、その一瞬だけを狙ってくる。


 横薙ぎ。


 グランは咄嗟に身を沈めた。


 唸りを上げた刃が頭上を薙ぎ払い、風圧だけで黒髪が大きく乱れる。


 刃はそのまま地面を削った。


 轟音。


 草と土が爆ぜる。


 土煙が舞い上がった。


(今だ!)


 視界が遮られた一瞬を逃さない。


 グランは左足で草を踏み潰し、低く滑り込む。


 腰を捻る。


 メイスが唸りを上げた。


 脇腹を狙った渾身の一撃。


 しかし。


 ホブゴブリンは待っていた。


 大剣の柄を身体の前へ滑らせる。


 鉄球が激突した。


 ガギィンッ!!


 火花が散る。


 反動が腕を駆け抜け、肩まで痺れが走った。


(読まれた……!)


 次の瞬間。


 ホブゴブリンの左拳が盾を叩く。


 視界がわずかに揺れた。


 その隙だった。


 膝が腹へ深々とめり込む。


「がっ……!!」


 肺の空気が一気に押し出された。


 苦悶の声すら出ない。


 さらに。


 肘が右肩へ振り下ろされる。


 鈍い衝撃。


 身体が浮き、草原を転がった。


 背中へ石が食い込み、熱い痛みが走る。


 口の中へ土が入り込む。


 血の鉄臭さと混ざり合い、苦味が舌へ広がった。


「……はぁ……はぁ……」


 肩から滴る血が腕を伝い、メイスの柄を濡らしていく。


 握り直そうとしても、汗と血で滑る。


 このままでは危ない。


 グランはゆっくりと立ち上がる。


 ホブゴブリンも追い打ちはかけてこない。


 不用意には飛び込まず、大剣を肩へ担いだまま静かに距離を保っている。


 黄色い瞳だけが、グランの全身を観察していた。


 互いに動かない。


 いや。


 動けないのではない。


 次に踏み込む間合いを探っている。


 風だけが二人の間を吹き抜けた。


(今しかない)


 グランは視線を逸らさないまま腰の革袋へ手を伸ばく。


 小瓶を掴む。


 親指で栓を弾き、一気に喉へ流し込んだ。


 苦い薬液が喉を焼く。


 だが、その熱はすぐに全身へ広がった。


 裂けた肩の痛みが少しずつ薄れていく。


 流れていた血も止まり始めた。


 それでも。


 重くなった足は軽くならない。


 乱れた呼吸も戻らない。


 削られた体力までは癒せなかった。


「……まだ、終われない」


 小さく呟く。


 メイスを握り直す。


 ホブゴブリンが低く喉を鳴らした。


「グルル……」


 笑っている。


 獲物がまだ立ち上がることを楽しんでいるようだった。


 グランは深く息を吸う。


 武器を見るな。


 肩。


 腰。


 足。


 レイナに何百回と叩き込まれた教え。


 ミリアに何度も修正された足運び。


 すべてを身体に刻み込む。


 ホブゴブリンが左足へ重心を移した。


 肩が沈む。


(そこだ!)


 二人が同時に地面を蹴る。


 轟ッ!!


 草が弾け飛ぶ。


 ホブゴブリンの大剣が一直線に振り下ろされる。


 グランは半歩だけ前へ滑り込んだ。


 刃が肩先を掠める。


 風圧が頬を叩いた。


 盾を大剣の腹へ押し当てる。


 力をぶつけるのではない。


 受け流す。


 軌道が、ほんのわずかに逸れた。


「はあぁぁっ!!」


 その隙へ。


 腰を回す。


 脚で地面を蹴り抜く。


 全身の力を乗せたメイスが唸りを上げた。


 鈍い衝撃。


 ゴッ!!


 鉄球がホブゴブリンの左前腕へまともに叩き込まれる。


「ギィッ!!」


 初めて悲鳴が上がった。


 巨体が一歩。


 さらにもう一歩、後ろへ下がる。


 左腕を押さえながら、黄色い瞳が鋭く細められた。


 そこにはもう余裕はなかった。


 目の前にいるのは、簡単に殺せる獲物ではない。


 倒すべき敵。


 ホブゴブリンはそう認識したのだった。

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