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第35話 叩き込まれる戦い方

 星塔の旅団へ戻る頃には、西日が中庭を赤く染めていた。


 グランは右手に新しいメイスを握り、左腕には革張りの丸盾を通している。


 まだ真新しい武具は、夕陽を受けて静かに輝いていた。


 その姿を見たレイナは腕を組み、小さく鼻を鳴らす。


「買って終わりだと思ってねぇだろうな」


「思ってません」


「なら中庭だ」


 短く言い残し、武器庫へ向かう。


 戻ってきたレイナの手には木剣が握られていた。


 グランは苦笑する。


「……今からですか?」


「当たり前だ」


 レイナは木剣を肩へ担ぐ。


「武器は眺めるために買うもんじゃねぇ」


「身体に覚え込ませて、初めて意味がある」


 グランは静かに頷き、メイスを構えた。


 まだ握り方もぎこちない。


 盾の位置も定まっていない。


「構えが高い」


 レイナが一歩踏み出す。


「そんな隙だらけじゃ、塔なら一撃で終わりだ」


 言葉が終わるより早く、木剣が走った。


「っ!」


 グランは咄嗟に盾を正面へ出す。


 ガンッ!


 重い衝撃が腕へ突き抜け、身体ごと数歩後ろへ押し込まれた。


「違う」


 レイナは首を振る。


「止めるな」


 間髪入れず、二撃目。


 横薙ぎの木剣が盾の縁を叩き、体勢が崩れる。


 その瞬間。


 切っ先が喉元で止まった。


「死んでる」


 短い一言。


 グランは悔しそうに歯を食いしばる。


「盾は壁じゃねぇ」


 レイナは盾を指先で軽く叩いた。


「生き残るための道具だ」


「相手と力比べするな」


「流せ」


 再び木剣が迫る。


 グランは盾を少しだけ傾ける。


 ガンッ。


 衝撃が横へ逃げた。


「甘い!」


 今度は鋭い突き。


 咄嗟に身体を捻るが、肩を叩かれる。


「目だけで追うな!」


 続いて上段から振り下ろすと見せかけ、足元への一撃。


 盾を下げるのが一瞬遅れた。


 木剣が脛を叩く。


「足が止まってる!」


 さらに盾を蹴り上げられ、グランは尻もちをついた。


「立て!」


 息を整える暇もない。


 メイスを拾い上げ、再び構える。


 腕は痺れ、肩は熱を持ち始めていた。


 それでも視線だけは、レイナから逸らさない。


「来い!」


 その一言に、レイナは口元だけで笑った。


「その目は悪くねぇ」


 再び踏み込んでくる。


 グランは盾を斜めに構えた。


 木剣が滑る。


「今だ!」


 左足で地面を掴む。


 腰を回す。


 全身の力を乗せ、メイスを振り抜いた。


 低い風切り音が響く。


 レイナは半歩だけ身を引く。


 風圧が頬をかすめ、猫耳がわずかに揺れた。


「……それでいい」


 次の瞬間には木剣が額へ軽く当たる。


「油断するな」


「はい!」


「返事はいらねぇ」


「動け!」


 訓練は日が傾くまで続いた。


 倒される。


 立ち上がる。


 また倒される。


 それでも立ち上がる。


 気づけば、中庭には木剣と盾がぶつかる乾いた音だけが響いていた。


「そこまでだ」


 ようやくレイナが木剣を下ろす。


 グランはその場へ座り込み、大きく息を吐いた。


 右手には潰れた豆。


 左腕は盾の衝撃で痺れている。


 そこへミリアが冷たい水を差し出した。


「お疲れさまでした」


「ありがとうございます……」


 水を飲み干すグランを見て、ミリアは優しく微笑む。


「最後の方は、盾が自然に動いていましたよ」


「力も入りすぎていませんでした」


 レイナは木剣を肩へ担ぐ。


「まだまだだ」


 そう言いながらも、その表情には僅かな満足が浮かんでいた。


 縁側では、エルドが静かに三人を見つめている。


「ほっほ……」


 穏やかに笑い、杖へ両手を重ねた。


「焦る必要はない」


「積み重ねた者だけが、塔を登れる」


 グランは静かにメイスを握り直す。


 掌の痛みは消えない。


 腕も重い。


 それでも、その痛みは昨日までとは少しだけ違っていた。


 五層は、もう目の前だった。

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