第33話 自分に合う武器
五層まで、あと一歩。
順調に進めば、明日にでも辿り着ける距離だった。
グランは今日も塔の草原を歩いていた。
吹き抜ける風。
揺れる草。
景色は一層と何一つ変わらない。
だが、そこに潜む魔物は違う。
階層が上がるたび、ホーンラビットは鋭くなり、ゴブリンは力を増し、キラービートルの甲殻はより堅牢になっていく。
その理由は今も誰にも分かっていない。
だからこそ五層までは、多くの冒険者が実戦を重ねる鍛錬の場とされていた。
低い羽音が響く。
草むらを割って、一匹のキラービートルが突進してきた。
グランは鉄剣を抜く。
真正面から受けることはしない。
半歩だけ身体を開き、硬い甲殻をやり過ごす。
すれ違いざまに剣を振るう。
火花が散った。
手応えは浅い。
甲殻に弾かれた剣が、小さく震えた。
キラービートルは向きを変え、再び突っ込んでくる。
グランは焦らない。
動きを見つめる。
わずかに身体が浮き、前脚が持ち上がる。
その一瞬。
剣先を滑り込ませた。
鈍い感触。
続いて、甲殻の奥へ刃が吸い込まれる。
キラービートルは大きく震え、そのまま淡い光へと変わって消えていった。
草の上へ転がった魔晶石を拾い、鉄剣へ視線を落とす。
「……またか」
刃先に、新しい刃こぼれが刻まれていた。
その小さな傷が、積み重ねてきた戦いを物語っていた。
夕暮れ。
星塔の旅団へ戻ると、グランは中庭で装備の手入れを始める。
革鎧の泥を払い、金具を締め直す。
革籠手の縫い目を指で確かめる。
最後に鉄剣へ砥石を当てた。
一定の角度を保ち、ゆっくりと刃を研いでいく。
何度も。
何度も。
それでも、以前のような鋭さは戻らない。
「精が出るのう」
顔を上げると、エルドが穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
「お疲れさまです」
「見せてみい」
グランは鉄剣を手渡す。
エルドは刃だけではなく、柄や鍔まで静かに眺め、小さく頷いた。
「大事に使っとる」
「毎日手入れをしていますから」
「分かる。だからこそ、ここまで持ったんじゃ」
老人は鉄剣を返した。
「じゃが、この先も同じように戦い続けるには少し心許ない」
グランは刃こぼれへ目を落とす。
「新しい剣を探そうと思います」
「その前に、一つ聞こう」
エルドは静かに言った。
「剣以外の武器を握ったことはあるか?」
「……ありません」
「なら、お前さんに剣が一番合うと、誰が決めた?」
返す言葉がなかった。
村では剣しか知らなかった。
街へ来ても、そのまま握り続けてきただけだ。
エルドは武器棚へ歩き、一振りのメイスを手に戻ってきた。
飾り気のない鉄の塊。
武骨で、実直な武器だった。
「試してみい」
グランは受け取る。
ずしりとした重みが腕へ伝わる。
試しに振る。
重心に引っ張られ、思うように振り切れなかった。
「難しいです」
「もう一度じゃ」
エルドは穏やかに微笑む。
グランは息を整えた。
腕だけではなく、腰を落とし、足で地面を踏み締める。
身体全体を使って振り抜く。
ブォン――。
低く重い風切り音が中庭へ響いた。
「あ……」
自然だった。
無理に力を込めた感覚がない。
もう一度振る。
さらにもう一度。
振るたびに、武器が身体へ馴染んでいく。
「どうじゃ?」
「剣とは全然違います」
グランはメイスを見つめた。
「でも……こっちの方が、自然に力を乗せられます」
エルドは静かに頷く。
「武器に、お前さんが合わせる必要はない」
「お前さんを生かしてくれる武器を選べばいい」
そう言って、ゆっくり立ち上がる。
「明日はレイナにも見てもらえ」
「あやつなら、お前さんに足りないものを教えてくれるはずじゃ」
夕陽が中庭を赤く染める。
グランは手の中のメイスを静かに握り直した。
その重みは、もうただの鉄の塊には感じなかった。




