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第31話 積み重ね(前編)

 次の瞬間。


 ホーンラビットが地面を蹴った。


 草が弾け、土が舞う。


 一直線。


 迷いのない突進。


「っ……!」


 速い。


 第一層で戦ったホーンラビットとは明らかに違う。


 グランは反射的に剣を前へ出しかける。


「受けるな!」


 レイナの鋭い声が飛ぶ。


 グランは踏み込もうとした足を止め、身体を半歩だけ右へ流した。


 角が胸の前を掠める。


 風圧が服を鳴らした。


 そのまま鉄の剣を振るう。


 刃は脇腹を浅く裂いた。


 しかし、ホーンラビットは止まらない。


 勢いのまま着地すると、すぐに身体を反転させる。


 グランは追わなかった。


 追えば、反撃が来る。


 そんな予感だけがあった。


 ホーンラビットは再び身を沈める。


 耳が小さく揺れる。


 後ろ脚へ力が集まる。


 そして、また飛ぶ。


 今度もかわす。


 半歩だけ。


 余計な動きはしない。


 鉄の剣が横薙ぎに走る。


 浅い。


 それでも、焦らない。


 二度。


 三度。


 互いに間合いを測る。


 先に痺れたのはグランだった。


 腕が重い。


 呼吸も荒くなる。


 それでも視線だけは外さない。


 ホーンラビットが四度目の突進に移る。


 着地。


 その瞬間だけ、後ろ脚が僅かに滑った。


 グランの身体が自然に動く。


 踏み込む。


 振り下ろす。


 鈍い手応えが腕へ伝わった。


 ホーンラビットは光となり、草原へ魔晶石だけを残す。


 グランは肩で息をした。


 額から汗が流れる。


 たった一匹。


 それだけで息が切れていた。


「……勝った。」


 思わず漏れた声に、レイナは魔晶石を拾い上げながら言う。


「勘違いするな。」


 グランは顔を上げた。


「お前が強くなったから勝ったんじゃない。」


 レイナはホーンラビットが消えた場所を顎で示す。


「相手が隙を見せた。それを見逃さなかっただけだ。」


 グランは黙って頷く。


 悔しくはなかった。


 その通りだと思ったからだ。


 第一層なら、力任せに剣を振っていた。


 だが今日は違う。


 待った。


 見た。


 そして斬った。


 戦い方が、ほんの少しだけ変わっていた。


「行くぞ。」


 レイナは歩き出す。


 グランも魔晶石を腰袋へしまい、その後を追った。


 草を踏み分けながら進む。


 風は穏やかだった。


 だからこそ、小さな音が耳に届く。


 ガサッ。


 右。


 続いて左。


 グランは足を止めた。


 草の揺れ方が違う。


 一つじゃない。


 二つ。


 やがて二頭のグラスウルフが姿を現した。


 互いに距離を取りながら、ゆっくりと円を描く。


 黄色い瞳は、一度もグランから外れない。


 グランは鉄の剣を構え直した。


 一頭が低く身を沈める。


 もう一頭は動かない。


 ――いや。


 動いている。


 少しずつ。


 回り込んでいる。


 前だけを見れば気付かないほど静かに。


「来る。」


 レイナはそれだけ言った。


 次の瞬間。


 一頭が正面から飛び出した。


 グランは迎え撃つ。


 鉄の剣と牙がぶつかる。


 その瞬間だった。


 背中に冷たいものが走る。


 振り向くより先に身体を沈めた。


 頭上をもう一頭が飛び越えていく。


 紙一重だった。


 髪が牙に掠める。


「そういうことだ。」


 レイナの声だけが響く。


「一匹だけ見てたら、生き残れない。」


 グランは返事をしない。


 返す余裕がなかった。


 二頭は再び距離を取る。


 呼吸を整える。


 剣を握り直す。


 目だけじゃ足りない。


 草を踏む音。


 風向き。


 気配。


 全部を見る。


 父と森を歩いた日々が脳裏を過る。


『獲物だけ見るな。森を見ろ。』


 幼い頃、ルークに言われた言葉だった。


 グランはゆっくり腰を落とす。


 二頭のグラスウルフが、再び同時に動き出した。

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