第30話 第二層への一歩
翌朝。
朝食を終えたグランは、レイナと共に願いの塔へ向かっていた。
昨日の立ち会い。
自分の未熟さを思い知らされた。
それでも、エルドやレイナが認めてくれた小さな成長も確かにあった。
焦る必要はない。
一歩ずつ。
積み重ねた先にしか、自分の目指す場所はない。
そう言い聞かせるように、グランは塔の門をくぐった。
第一層を進み、螺旋階段を上る。
淡い光を抜けると、視界いっぱいに草原が広がった。
青い空。
風に揺れる草花。
どこまでも続く緑。
穏やかな景色だけを見れば、第一層との違いはほとんど分からない。
グランは辺りを見回した。
「……一階と同じですね」
「見た目だけはな」
レイナは短く答え、そのまま歩き出す。
「ここが第二層だ。第五層まではこんな草原が続く」
二人は草を踏み分けながら進む。
周囲には他の冒険者たちの姿もあった。
仲間と声を掛け合いながら魔物と戦う者。
まだ動きにぎこちなさが残る若い冒険者。
熟練者が後ろから助言を送り、新人が必死に剣を振るう姿も見える。
この光景は、願いの塔では決して珍しくない。
第五層までは、多くの冒険者が基礎を学ぶ場所。
いつしか誰かが、この一帯を『トレーニングエリア』と呼ぶようになった。
「魔物も一階と同じなんですか?」
「種類はな」
レイナは草むらに残る足跡へ目を向ける。
「ホーンラビット、ゴブリン、キラービートル、グラスウルフ。出てくる顔ぶれは変わらない」
「でも、違うんですよね?」
「身体が少し大きい。力も速さも上だ。同じ魔物だと思って油断すると痛い目を見る」
グランも足跡を見下ろした。
第一層で見慣れたものより、一回りほど大きい。
「だから、いきなり無茶な相手とは戦わされない。少しずつ慣れて、少しずつ上を目指せるようになってる」
まるで塔そのものが、挑戦者を試しているような造りだった。
「昔から学者も魔術師も散々調べてるらしいけどな」
レイナは肩をすくめる。
「何で階層ごとに魔物が強くなるのか。誰が塔を造ったのか。結局、何一つ分かっちゃいない」
答えを知る者はいない。
それでも人は塔へ挑む。
頂に辿り着けば、あらゆる願いが叶う。
その言い伝えだけを信じて。
「魔晶石はどうなんですか?」
「値段は一階とほとんど変わらない」
レイナは振り返ることなく答える。
「だから二階で稼ごうなんて考える奴はいないさ。ここは金を稼ぐ場所じゃない。腕を磨く場所だ」
グランは静かに頷いた。
依頼の報酬で、しばらく生活に困ることはない。
今、本当に必要なのは金ではなかった。
経験。
技術。
そして、生き残る力。
この積み重ねが、いつか自分を高い階層へ連れていってくれる。
その時だった。
ザワリ、と草むらが揺れた。
風ではない。
何かが近付いてくる音。
レイナが口元だけで笑う。
「歓迎してくれるみたいだな」
草をかき分け、一匹のホーンラビットが姿を現した。
第一層で戦った個体よりも一回り大きな体。
太く伸びた角が陽の光を受けて鈍く輝く。
赤い瞳が獲物を見据え、ゆっくりと身を沈めた。
グランは鉄の剣の柄を握る。
昨日より自然に。
昨日より迷いなく。
静かに息を整え、迫り来る一歩を見据えた。
第二層での最初の戦いが、今、始まる。




