第29話 認められた成長
レイナは静かに木剣を構えた。
「行くぞ。」
「はい。」
次の瞬間。
夕暮れの訓練場を、乾いた音が打った。
レイナの踏み込みは速い。
グランは木剣を立てる。
だが、受け切れない。
木剣が弾かれ、肩に一撃を受ける。
「くっ……!」
痛みで身体が揺れる。
すぐに二撃目。
今度は下から。
グランは木剣を下げるが、わずかに遅れた。
脇腹へ木剣が入り、息が詰まる。
レイナは止まらない。
上段。
横薙ぎ。
踏み込み。
急な引き。
速度を変え、間合いを変え、木剣を振るう。
グランは必死に追った。
腕で受ける。
肩を打たれる。
脚を払われかける。
体勢が崩れる。
足が止まりそうになる。
けれど。
止まらなかった。
歯を食いしばり、一歩前へ出る。
また打たれる。
それでも、また前へ。
「……止まらんようになったか。」
エルドが小さく呟いた。
ミリアは胸の前で手を握り、息を呑んで見守っている。
「最初の日なら、今ので膝をついていました。」
レイナの木剣が振り下ろされる。
グランは目を細めた。
剣先ではない。
足。
肩。
腰。
動き出す前の、わずかな揺れ。
(左足……。)
木剣を合わせる。
カンッ。
初めて、正面から受けた。
腕が痺れる。
それでも、崩れない。
次の一撃。
(肩が落ちる。)
木剣を滑らせる。
軌道が逸れた。
その次は間に合わず、肩を打たれる。
さらに次は受ける。
次は掠めるだけで済んだ。
少しずつ。
本当に少しずつ。
目が慣れていく。
何度も追撃を受けながら。
何度も痛みに息を詰まらせながら。
それでも、グランは前へ踏み込んだ。
「……見えてきたか。」
レイナが小さく笑う。
最後に一歩深く踏み込んだ。
グランは木剣を構える。
だが、レイナの木剣は途中で軌道を変えた。
「っ!」
避けきれない。
脇腹に軽く打ち込まれ、グランの身体が揺れる。
それでも倒れなかった。
レイナはそこで木剣を下ろす。
「そこまで。」
訓練場に静けさが戻った。
グランは肩で息をしながら立っていた。
腕は震えている。
足も重い。
全身が熱を持っていた。
それでも、木剣だけは握ったままだった。
レイナはしばらく黙ってグランを見つめる。
そして、不意に笑った。
「ちゃんと見られるようになってきたじゃねぇか。」
グランは顔を上げる。
「まだ動きは甘い。隙も多い。防げたって言っても、こっちが見てやってるからだ。」
「はい。」
「けど、怯んでも前へ出た。」
その言葉に、グランの胸がわずかに熱くなる。
褒められた。
たったそれだけなのに、すぐに返事が出てこなかった。
「……ありがとうございます。」
ようやく絞り出すように言うと、レイナは鼻で笑った。
「礼を言うには早ぇよ。」
木剣を肩へ担ぎ、口元を吊り上げる。
「もう一層だけで足踏みする必要はねぇ。」
グランは息を呑む。
レイナは楽しそうに笑った。
「明日から二層に行くぞ。」
一瞬、訓練場の空気が止まったように感じた。
二層。
新しい階層。
まだ見たことのない景色。
胸の奥に、不安が生まれる。
けれど、それ以上に。
前へ進める喜びがあった。
「はい!」
声が、自然と強くなった。
エルドが満足そうに頷く。
「焦るでないぞ。二層に上がっても、することは変わらん。一つずつ積み重ねるだけじゃ。」
「はい。」
ミリアがそっと微笑む。
「今日はしっかり食べてくださいね。明日に響きますから。」
「はい。ありがとうございます。」
レイナは背を向け、訓練場の出口へ歩き出す。
「明日は寝坊するなよ。」
「はい。」
その返事を聞いたレイナは、振り返らずに片手を軽く上げた。
グランはその背中を見つめる。
二十日前には、想像もできなかった。
自分が塔へ通い。
誰かに見守られ。
誰かに叱られ。
そして、次の階へ進むことを認められる日が来るなんて。
木剣を握る手に、そっと力が入る。
まだ弱い。
まだ未熟だ。
それでも。
今のグランは、一人ではなかった。




