第24話 冒険者の現実
包帯を巻いた左腕が、じんと痛む。
願いの塔へ入る前、道具屋で買った初級ポーションのおかげで傷は塞がり始めていた。
それでも、剣を強く握るたびに鈍い痛みが走る。
「無理はするな。だが、逃げるな。」
レイナは短く言うと、草原へ歩き出した。
「はい。」
グランは鉄の剣を握り直し、その後を追う。
願いの塔一階。
見渡す限り草原が広がり、多くの冒険者が魔物と戦っていた。
「身体強化!」
青年冒険者が一気に間合いを詰め、ゴブリンを一刀で斬り伏せる。
「ファイアボルト!」
魔術師が放った炎はホーンラビットを貫き、一瞬で魔晶石へと変えた。
さらに別の冒険者は風のような速さで駆け抜け、虫型の魔物を次々と討伐していく。
どの戦いにも迷いがない。
スキルを使うことが、この世界では当たり前だった。
グランは静かにその光景を見つめる。
自分には、あの力はない。
だからこそ、自分にできる戦いを覚えるしかなかった。
レイナは少し後ろで腕を組み、黙って見守っている。
助けられる距離にいながら、一歩も前へ出ない。
今、グランに必要なのは勝利ではなく経験だからだ。
「来るぞ。」
草むらが揺れ、一体のホーンラビットが姿を現した。
低く身を沈める。
耳がわずかに揺れ、後ろ足に力を溜めた。
「焦るな!」
レイナの声が飛ぶ。
「最初から全部見ようとするな。まずは一つでいい。突っ込む瞬間を見逃すな!」
次の瞬間。
ホーンラビットが勢いよく地面を蹴った。
グランは半歩だけ身体を横へずらす。
突進が紙一重で脇を抜ける。
その一瞬を逃さず、鉄の剣を振り抜いた。
一閃。
ホーンラビットは魔晶石を残して消えていく。
「はぁ……はぁ……」
たった一体。
それだけで息は乱れ、額から汗が流れ落ちた。
「いい。」
レイナは短く頷く。
「少しずつだが、見えるようになってきた。」
それからも探索は続いた。
ゴブリンと剣を交え、受け流す感覚を覚える。
虫型の魔物には不用意に近づかず、間合いを測ることを学ぶ。
ホーンラビットの突進も、最初より落ち着いて避けられるようになっていた。
もちろん、順調なことばかりではない。
剣を弾かれ、泥の上へ転がる。
服を裂かれ、傷口が痛む。
何度も息を切らし、そのたびに立ち上がる。
レイナは最後まで手を貸さなかった。
「深追いするな!」
「欲張るな!」
「生き残ることを考えろ!」
短い助言だけが飛ぶ。
その言葉を胸に、グランは苦戦しながらも一体、また一体と魔物を討伐していった。
夕方。
二人は塔を出て換金所へ向かう。
受付係は魔晶石を数え、小さく頷いた。
「本日の換金額は、銅貨五十枚です。」
革袋を受け取ったグランは、中を見てわずかに目を見開く。
「……これだけですか。」
「一階じゃそんなもんだ。」
レイナは苦笑した。
そこからクランの活動費を納める。
革袋はさらに軽くなった。
そしてグランは思い出す。
塔へ入る前、道具屋で買った初級ポーション。
今日使った一本の代金まで考えれば、今回の探索は赤字だった。
「冒険者って……思っていたより厳しいんですね。」
「だから皆、強くなる。」
レイナは真っすぐ前を見たまま答える。
「上の階層へ行けば魔晶石の価値は上がる。依頼も受けられるようになる。弱いうちは稼げなくて当たり前なんだ。」
グランは静かに頷いた。
革袋に残った銅貨では、一番安い宿に一泊できる程度。
食事をすれば、ほとんど残らない。
冒険者とは、魔物を倒すだけで稼げる仕事ではなかった。
命を懸け、経験を積み重ね、その先でようやく生活が成り立つ仕事だった。
革袋は軽い。
だが、今日積み重ねた経験は、誰にも奪われない。
グランは夕日に染まる願いの塔を見上げた。
「明日も、登ります。」
その言葉に、レイナは何も言わず、小さく頷いた。
二人は静かにクランへの帰路についた。




