第21話 願いの塔一階
翌朝。
澄み渡る青空の下。
グランは装備を整え、星塔の旅団の前に立っていた。
腰には鉄の剣。
父の形見の狩猟ナイフ。
荷袋には保存食と水。
そして首には、銀色のペンダントが静かに揺れている。
「準備はいいようじゃな。」
エルドが優しく微笑む。
「はい。」
「今日は願いの塔へ入る。ただし、攻略ではない。」
「まずは塔という場所を知ることじゃ。」
エルドは隣に立つレイナへ視線を向けた。
「頼んだぞ。」
「ああ。任せとけ。」
レイナは軽く手を振る。
三人はクランハウスを出発した。
街を歩く冒険者たちも皆、塔へ向かっている。
近付くほど、その巨大さは現実味を失っていく。
見上げても頂は見えない。
空へ溶け込むように、塔は静かにそびえ立っていた。
巨大な門の前で、エルドが足を止める。
「ここから先は、お前さんたちの仕事じゃ。」
そしてグランへ穏やかな眼差しを向ける。
「焦る必要はない。」
「塔は逃げん。」
「一歩ずつ登っていけばよい。」
「はい。」
グランは力強く頷いた。
レイナと並び、巨大な門をくぐる。
その瞬間だった。
ふわりと風が頬を撫でる。
草の香り。
土の匂い。
思わず足を止めた。
「……え。」
目の前には、果てしなく広がる草原。
青空には白い雲が流れ、風に草が波打っている。
遠くには森まで見えた。
塔の中とは、とても思えない。
グランは思わず振り返る。
そこにあるのは巨大な入口だけ。
街はどこにも見えなかった。
「すごい……。」
思わず声が漏れる。
幼い頃、母が買ってくれた冒険譚の本。
そこに描かれていた世界が、今、目の前に広がっていた。
「驚いただろ。」
レイナが笑う。
「ここが願いの塔一階だ。」
「中は階層ごとに違う世界になってる。」
「理由は誰にも分からない。」
二人は草原を歩き始めた。
辺りには多くの冒険者がいた。
魔物と戦う者。
薬草を採る者。
笑いながら帰還する者。
それぞれが自分の役割を果たしている。
草むらが揺れた。
白い影が飛び出す。
額に一本の角を持つ兎。
「ホーンラビット。」
レイナが指差す。
「一階じゃ一番よく見る魔物だ。」
ホーンラビットは二人を見ると、すぐに草むらへ駆けていった。
さらに歩くと、小柄な緑色の魔物が木の棒を持って歩いている。
「ゴブリン。」
「他にも巨大な甲虫や毒虫なんかの虫系魔物がいる。」
「一階は初心者向けだからな。」
その時。
近くで一人の冒険者がゴブリンを倒した。
魔物の身体は光となって消え、小さな青い結晶だけが地面へ落ちる。
グランは目を見開いた。
「あれは……。」
「あれが魔晶石。」
レイナが答える。
「魔物の魔力が結晶になったものだ。」
「換金すれば金になる。」
冒険者は慣れた手つきで魔晶石を拾い、袋へしまって歩き去っていく。
「でも、全部自分の金になるわけじゃない。」
レイナは続けた。
「星塔の旅団じゃ、売却額の五〇〜六〇%をクランへ納める。」
「その金で武器を直し、回復薬を買い、装備を整え、クランを維持してる。」
「みんなで支え合うためのお金なんだ。」
グランは静かに頷いた。
「ランクが上がれば、納める割合は少しずつ減る。」
「実力が認められるほど自由に使える金も増える。」
「だから皆、強くなろうとする。」
グランは草原を見つめた。
ここには夢がある。
だが同時に、命懸けの現実もある。
「さて。」
レイナが立ち止まる。
「説明は終わりだ。」
草むらが大きく揺れた。
ホーンラビットが一匹、勢いよく飛び出してくる。
その赤い瞳が、グランを捉えた。
「グラン。」
レイナは一歩後ろへ下がる。
「初めての実戦だ。」
「自分の力で倒してみな。」
ホーンラビットが低く身を沈める。
次の瞬間。
弾かれたように地面を蹴った。
グランは鉄の剣を抜き、静かに構える。
願いの塔での、最初の戦いが始まった。




