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第2話 旅立ち

 朝の風が、静かに草を揺らしていた。


 フェルン村の外れにある小さな丘。


 そこには二つの墓標が並んでいる。


 グランは花を抱え、その前に立っていた。


 何度も訪れた場所だった。


 けれど。


 今日だけは少し違う。


 しばらく戻ることはない。


 そんな気がしていた。


 しゃがみ込み、墓前へ花を供える。


 父、ルーク・ウォーカー。


 寡黙な狩人だった。


 森の歩き方。


 獣の足跡の見方。


 風の流れ。


 弓の扱い。


 生きるための術。


 父は多くを語らなかった。


 けれど。


 大切なことは全部教えてくれた。


 五年前。


 グランが十二歳の時だった。


 フェルン村に魔物が現れた。


 本来なら現れるはずのない魔物だった。


 村人達は武器を手に取り戦った。


 ルークもその中にいた。


 戦いが終わった時。


 父は血に濡れていた。


 苦しそうに息をしながら。


 それでもグランを見ていた。


 震える手が頭に触れる。


 今でも覚えている。


 あの日の温もりを。


 あの日の声を。


 ――グラン。


 ――お母さんを頼む。


 それが父の最後の言葉だった。


 その日から。


 グランは夢を胸の奥へ押し込めた。


 願いの塔。


 冒険者。


 幼い頃から憧れていた世界。


 そんなものを追い掛けている余裕はなかった。


 父から教わった狩りで獲物を獲った。


 薪を割った。


 家を守った。


 母を看病した。


 朝から晩まで働いた。


 父との約束を守るために。


 母に生きていてほしかったから。


 それでも。


 母の身体は少しずつ弱っていった。


 どれだけ狩りをしても。


 どれだけ働いても。


 どれだけ看病しても。


 止めることは出来なかった。


 それでも。


 誰もいない森の中で。


 木剣だけは振り続けていた。


 諦めたはずの夢が。


 胸の奥から消えてくれなかったから。


 グランは隣の墓へ視線を向ける。


 母、エレナ・ウォーカー。


 優しくて。


 温かくて。


 いつも笑っていた人。


 そして三日前。


 母は静かに旅立った。


 最後の日。


 痩せ細った手が頬に触れた。


「グラン」


 優しい声だった。


「もう十分よ」


 母は微笑んだ。


 安心したように。


 誇らしそうに。


 いつもの優しい笑顔で。


「これからは自分のために生きなさい」


 少しだけ息を整える。


 そして。


「行きたい場所へ行きなさい」


 グランは俯いた。


 何か言おうとした。


 けれど。


 言葉にならなかった。


 ありがとうも。


 ごめんも。


 大好きだったという言葉も。


 胸の奥にあるのに。


 上手く口に出来なかった。


 母はそんなグランを見て微笑んだ。


 全部分かっていると言うように。


 そして。


 静かに目を閉じた。


 それが最後だった。


 風が吹く。


 草が揺れる。


 グランは空を見上げた。


 どこまでも高い空だった。


 幼い頃。


 何度も読んだ冒険譚を思い出す。


 願いの塔。


 誰も辿り着いたことのない頂。


 憧れた冒険者達。


 諦めたはずの夢。


 けれど。


 消えてはいなかった。


 胸の奥で。


 ずっと。


 静かに残っていた。


 グランは首から下げたペンダントを握る。


 自分が何者なのか。


 どこから来たのか。


 何も分からない。


 それでも。


 知りたかった。


 自分がどこまで行けるのか。


 その答えを。


 自分の足で見つけたかった。


 グランは墓標に向き直る。


「行ってくる」


 短い言葉だった。


 それ以上は言えなかった。


 けれど。


 それで良かった。


 風が吹く。


 草が揺れる。


 グランは踵を返した。


 朝日が背中を照らしている。


 目指す先は遠い。


 願いの塔。


 誰も辿り着いたことのない頂。


 自分がどこまで行けるのか。


 その答えを探すために。


 少年は歩き出した。


           

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