第16話 噴水の老人①
その夜。
グランは一人で街を歩いていた。
夢を諦めた人間を探せ。
エルドから与えられた試験。
だが。
何処へ行けばいいのか分からない。
誰に聞けばいいのかも分からない。
答えどころか。
手掛かりすら無い。
それでも。
足は自然と前へ進んでいた。
立ち止まっても仕方がない。
考えるだけでは何も始まらない。
だから歩く。
見て。
聞いて。
探す。
それしかなかった。
夜の街は昼とは違う顔を見せていた。
酒場からは笑い声が響く。
酔っ払い達が肩を組み。
大声で歌っている。
冒険者達は武勇伝を語り。
商人達は酒を片手に商談をしていた。
露店には夜食を求める人々が集まる。
剣を背負った者。
杖を持つ者。
鎧姿の者。
様々な人間が行き交っていた。
願いの塔の麓に築かれた街。
そこには。
夢を追う人々が溢れていた。
強くなりたい者。
名を残したい者。
富を得たい者。
誰かを守りたい者。
失ったものを取り戻したい者。
皆。
それぞれの願いを胸に生きている。
では。
夢を諦めた人間とはどんな人なのだろう。
願いを失った人間とはどんな人なのだろう。
グランには分からなかった。
その時だった。
街の中央広場が目に入る。
大きな噴水。
昼間なら人々で賑わう場所。
だが。
夜の広場は静かだった。
噴水の水音だけが響いている。
そして。
噴水の縁に一人の老人が座っていた。
白い髪。
深い皺。
曲がった背中。
特別な格好をしている訳ではない。
何処にでもいそうな老人だった。
それなのに。
何故だろう。
少しだけ気になった。
老人は何をするでもなく座っている。
人混みを見ている訳でもない。
噴水を見ている訳でもない。
ただ静かに座っていた。
夜風が吹く。
その時。
老人がゆっくり顔を上げた。
視線の先。
願いの塔。
夜空を貫く巨大な塔だった。
一瞬だった。
けれど。
グランは見逃さなかった。
何かを思い出しているような。
そんな目だった。
気付けば。
足が動いていた。
「隣、いいですか?」
老人は顔を上げる。
穏やかな目だった。
「ああ」
短い返事。
グランは隣へ腰掛ける。
噴水の水音が静かに響く。
夜風が頬を撫でる。
二人の間に言葉は無かった。
けれど。
不思議と居心地は悪くなかった。
沈黙が苦にならない。
そんな時間だった。
しばらくして。
老人がぽつりと呟く。
「若いな」
グランは少し笑う。
「十七です」
「そうか」
老人は小さく頷いた。
それだけだった。
再び沈黙が訪れる。
老人は何も聞かない。
自分の事も話さない。
ただ。
時折。
願いの塔へ視線を向ける。
その横顔が。
何故だか気になった。
グランも塔を見上げる。
夜空を貫く巨大な塔。
自分はあそこを目指している。
頂へ辿り着きたい。
自分がどこまで行けるのか知りたい。
そのためにここまで来た。
だが。
目の前の老人はどうなのだろう。
あの塔を見つめる目には。
何が映っているのだろう。
エルドの言葉が蘇る。
――夢を諦めた人間を探せ。
目の前の老人は。
ただの老人なのだろうか。
それとも。
何かを諦めた人なのだろうか。
まだ分からない。
何も分からない。
それでも。
グランは老人から目を離せなかった。
噴水の水音だけが静かに響く。
夜は更けていく。
広場の灯りが石畳を照らす。
願いの塔は夜空の中に静かに立っていた。
そして。
老人は何も語らない。
ただ静かに。
塔を見つめていた。




