第14話 星塔の旅団②
夕陽に染まる街を。
グランはエルドの後ろを歩いていた。
ギルド本部を出てからしばらく経つ。
賑やかな大通りを抜け。
商店街を抜け。
やがて人通りも少ない路地へ入った。
石畳にはひびが走り。
建物も古い。
どこか時代に取り残されたような場所だった。
「もうすぐじゃ」
エルドが言う。
そして。
一軒の建物の前で足を止めた。
「着いたぞ」
グランは顔を上げる。
その瞬間。
言葉を失った。
古い。
想像以上に古かった。
二階建ての木造建築。
壁の塗装は剥がれ落ち。
木材は長い年月で黒ずんでいる。
窓枠には無数の傷。
屋根には補修の跡。
入口の上に掲げられた看板も色褪せていた。
辛うじて読める文字。
――星塔の旅団。
かつては立派だったのかもしれない。
だが。
今は見る影も無かった。
思わず周囲を見回す。
隣の建物の方が新しい。
向かいの建物の方が立派だった。
「うむ」
エルドが満足そうに頷く。
「古いじゃろ」
「……はい」
正直に答える。
エルドは笑った。
「正直でよろしい」
だが。
グランは一つだけ気付く。
入口の横に小さな花壇があった。
決して高価な花ではない。
それでも。
一輪一輪が丁寧に世話をされている。
古びた建物の中で。
そこだけが妙に綺麗だった。
誰かが大切に守っている。
そんな気がした。
「入るぞ」
エルドが扉を開く。
ギィィ……
年季の入った音が響く。
「ただいまじゃ」
その言葉に。
グランは少しだけ違和感を覚えた。
クラン本部ではない。
家へ帰った人間の言葉だった。
すると。
奥から足音が聞こえてくる。
現れたのは一人の女性だった。
長い赤髪。
整えられた身なり。
黒と白を基調とした服装。
どこか屋敷に仕えるメイドを思わせる。
女性はエルドを見ると。
綺麗な所作で一礼した。
「お帰りなさいませ、団長」
柔らかな声だった。
だが。
次の瞬間。
少しだけ眉を寄せる。
「また受付でお休みになられていましたね?」
「寝ておらん」
「ギルド職員様から報告を受けております」
逃げ道は無かった。
エルドは静かに視線を逸らす。
「裏切り者じゃのう」
「当然です」
女性は即答した。
そして。
グランへ視線を向ける。
その瞳が少しだけ見開かれた。
「その方は……」
「志望者じゃ」
エルドが答える。
一瞬。
女性の動きが止まる。
「まあ……」
小さな声が漏れた。
驚きと喜びが入り混じった声だった。
「本当に志望者の方ですか?」
「そうじゃ」
女性は胸の前で手を重ねる。
そして。
安心したように微笑んだ。
「失礼いたしました」
深々と頭を下げる。
「私はミリアと申します」
「星塔の旅団へようこそ」
礼儀正しく。
温かな歓迎だった。
グランも頭を下げる。
「グランです」
歓迎される。
ただそれだけの事が。
少しだけ嬉しかった。
その時だった。
ギシッ。
ギシッ。
二階の階段が軋む。
やがて。
一人の女性が姿を現した。
銀色の髪。
鋭い目。
引き締まった身体。
そして。
左腕は義手だった。
女性は無言でグランを見る。
頭から足先まで。
一度だけ。
じっと観察する。
「こいつ?」
「ああ」
エルドが頷く。
「無スキルじゃ」
一瞬。
女性の目が細くなる。
「本当に?」
「本当じゃ」
短い沈黙。
「前例無いでしょ」
ぶっきらぼうな声だった。
「そうじゃな」
エルドは肩を竦める。
「試験官達も驚いておった」
「魔道具まで判定に困ったらしい」
女性は再びグランを見る。
「へぇ」
興味があるのか。
無いのか。
よく分からない返事だった。
「レイナ」
それだけ言う。
自己紹介らしい。
「グランです」
レイナは小さく頷く。
そして。
淡々と言った。
「戦闘試験D」
「無スキル」
「弱い」
容赦が無い。
だが。
事実でもある。
「はい」
グランは頷いた。
一瞬。
レイナの眉が僅かに動く。
「でも」
グランは顔を上げた。
「普通じゃない」
レイナは壁にもたれたまま続ける。
「副試験官が話してた」
「何回倒されても立ち上がったって」
ガルスとの試験。
何度も地面に叩き伏せられた。
それでも。
立ち上がった。
「無スキルのくせに」
「異様にしぶといらしい」
レイナはそう言った。
そして。
短く付け加える。
「変な奴」
それだけ言うと。
レイナは視線を外した。
その時だった。
パンッ。
エルドが手を叩く。
「よし」
嫌な予感がした。
ミリアが目を閉じる。
レイナが小さく溜息を吐く。
エルドだけが楽しそうだった。
「今からクラン試験を始める」
沈黙。
三秒後。
「えっ!?」
珍しくミリアが声を上げる。
「今からですか?」
「今からじゃ」
「もう夕方ですよ?」
「だからじゃ」
意味が分からなかった。
グランも分からない。
エルドはニヤリと笑う。
「武器は持たんでいい」
グランは目を瞬かせた。
「……戦わないんですか?」
「誰がそんな事を言った?」
エルドは楽しそうに笑う。
「儂はな」
「強い人間を探しとる訳じゃない」
その言葉に。
ミリアもレイナも何も言わない。
当たり前の事なのだろう。
「付いて来い」
そう言って歩き出す。
そして。
振り返らないまま続けた。
「まずは」
「お前さんがどんな人間か見せてもらおうかの」
誰にも必要とされなかった今日。
それでも。
この古びた場所だけは違った。
色褪せた看板。
軋む床。
小さな花壇。
そして。
自分を迎えてくれた人達。
グランは静かに一歩を踏み出す。
星塔の旅団。
それは。
没落した小さなクランだった。
だが。
初めて。
家のような温かさを感じた場所でもあった。
こうして。
グランのクラン試験が始まった。




