表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/17

第13話 星塔の旅団①

「ああ」


 間の抜けた返事をする。


 大きな欠伸を一つ。


 それから椅子へ座り直した。


「そうだったな」


 まるで今思い出したかのように。


 老人はそう呟いた。


 そして。


 グランへ向かって手を差し出す。


「資料を見せてくれんかの」


「はい」


 グランは受験資料を差し出した。


 老人は受け取ろうとして――


 手を滑らせた。


 資料が床へ落ちる。


「あ」


 間の抜けた声だった。


「……」


「すまんの」


 老人はのんびりと資料を拾い上げる。


 そして資料へ目を通した。


「グラン・ウォーカー」


「はい」


「無スキルか」


「はい」


 老人は資料を机へ置く。


 驚く様子は無い。


 馬鹿にする様子も無い。


 ただ事実として受け止めていた。


 それが少し不思議だった。


「そういえば言っとらんかったな」


 老人はぽつりと呟く。


 そして自分の胸を親指で指した。


「儂がこの旅団の長じゃ」


「星塔の旅団グランドマスター、エルド」


 そこで少し肩を竦める。


「まあ見ての通り、ただの爺さんじゃがな」


 グランは少し目を見開いた。


 受付係だと思っていた。


 その反応を見て。


 エルドは満足そうに笑う。


「びっくりしたじゃろ?」


「少し」


「うむうむ」


 嬉しそうに頷く。


「儂も最初はそう思った」


「……?」


「なんで団長が受付しとるんじゃろうってな」


 グランは返答に困った。


 エルドは真顔で言う。


「人手不足じゃ」


 妙な説得力があった。


 その時だった。


 グランの視線が後ろの旗へ向く。


 色は薄れ。


 布の端はほつれている。


 長い年月を感じさせる旗だった。


 だが。


 中央の紋章は今も残っている。


 天へ伸びる一本の塔。


 その頂に輝く小さな星。


 まるで遥か高みへ。


 手を伸ばし続ける者のような紋章だった。


「その旗が気になるかの?」


 エルドが尋ねる。


「少し」


 グランは頷いた。


 エルドは旗を見上げる。


「昔の仲間達と考えた旗じゃ」


 どこか懐かしそうな声だった。


「何度も描き直してな」


「気付けば朝になっておった」


 そう言って笑う。


「馬鹿みたいじゃろ?」


 グランは首を横に振った。


「いい旗だと思います」


 エルドは少しだけ目を細めた。


「そうか」


 その一言だけだった。


 だが。


 どこか嬉しそうだった。


 やがて。


 エルドは椅子へ深く腰掛ける。


 そして。


 初めて真面目な目を向けた。


「一つ聞く」


 グランも自然と姿勢を正す。


「なぜ願いの塔を目指す?」


 静かな声だった。


 だが。


 今日受けたどの質問より重かった。


 グランは少し考える。


 そして答えた。


「頂へ行きたいからです」


 エルドは何も言わなかった。


 ただ。


 静かにグランを見つめている。


 続きを待っているようだった。


 グランは小さく息を吐く。


 そして。


 無意識に背中の鞄へ手を添えた。


 中には一冊の古い本が入っている。


 母が何度も読んでくれた冒険譚。


 村を出る時。


 持ってきた大切な宝物だった。


「子供の頃」


 グランは静かに語り始める。


「母がその本を読んでくれました」


「願いの塔の話でした」


 暖炉の火が揺れる夜。


 母の優しい声。


 今でも覚えている。


「頂には願いがあるって」


「どんな願いでも叶うって」


 グランは続ける。


「だから最初は信じていました」


「父と母にもう一度会いたいって」


 少しだけ目を伏せる。


 だが。


 すぐに顔を上げた。


「でも」


「二人はそんな事を望まないと思うんです」


 エルドは黙って聞いている。


「だから今は違います」


 グランは真っ直ぐ前を見る。


「本当に願いがあるのか知りたい」


「本当に誰も辿り着けないのか知りたい」


 そして。


 拳を握る。


「自分がどこまで行けるのか知りたい」


 静かな声だった。


 だが。


 そこには確かな熱があった。


「才能が無くても」


「スキルが無くても」


「何も持っていなくても」


「それでも頂へ辿り着けるのか」


 グランの視線は旗の星へ向く。


「知りたいんです」


 その言葉に迷いは無かった。


「だから」


 グランはエルドを見る。


「願いの塔へ行きたいんです」


 沈黙が落ちた。


 ホールにはもうほとんど人が残っていない。


 夕陽だけが静かに差し込んでいた。


 やがて。


 エルドは窓の外へ目を向ける。


「願いか」


 ぽつりと呟く。


「人は皆」


「願いを抱いて生きておる」


 静かな声だった。


「金が欲しい者」


「名誉が欲しい者」


「失った者を取り戻したい者」


「復讐したい者」


「守りたい者」


 そして。


 どこか遠くを見る。


「儂も昔は色々願った」


「叶った願いもあった」


「叶わなかった願いもあった」


 小さく笑う。


「じゃがな」


 そこで言葉を切る。


「願いは人を前へ進ませる」


「だが時には人を縛る」


 夕陽に照らされた横顔は。


 どこか寂しそうだった。


「叶った願いより」


「叶わなかった願いの方が」


「人を強くする事もある」


 グランは黙って聞いていた。


「だから儂は」


 エルドはゆっくりと言う。


「願いを抱いて歩いた道の方が好きじゃ」


 その言葉には。


 長い人生を歩いた者だけが持つ重みがあった。


 やがて。


 エルドは資料へ目を落とす。


「戦闘試験D」


「適性試験C」


「無スキル」


 淡々と読み上げる。


「弱いのう」


「はい」


 グランは否定しない。


「かなり弱い」


「はい」


「今のままじゃ塔の下層でも死ぬ」


「そう思います」


 エルドはしばらくグランを見つめていた。


 そして。


「お前さん」


 静かな声だった。


「今日、何回断られた?」


「たぶん八回くらいです」


「ほう」


 エルドは頷く。


「それでも帰らんかったの」


「帰っても何も変わりませんから」


 グランは答えた。


「願いの塔へ行きたいんです」


「だから最後まで探しました」


 エルドはしばらく黙る。


 やがて。


 小さく笑った。


「そうか」


 その一言だけだった。


 そして。


 ゆっくり立ち上がる。


「よし」


 そう言って伸びをした。


「付いて来い」


 グランは首を傾げる。


「どこへですか?」


「クラン試験じゃ」


 当然のように答える。


「正式な入団試験はこれからじゃよ」


 そう言って歩き出す。


 そして。


 振り返らずに続けた。


「まあ安心せい」


「儂が認めん奴は」


「最初から連れて行かん」


 その言葉に。


 不思議と胸が少しだけ軽くなった。


 グランは首から下げた銅製プレートを握る。


 夕陽に照らされた古びた旗が揺れる。


 塔の頂に輝く一つの星。


 まだ遠い。


 だが。


 その光は確かにそこにあった。


 グランはエルドの後を追った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ