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第12話 現実

 翌朝。


 グランは冒険者ギルド本部を訪れていた。


 首から下げた銅製プレートが胸元で揺れる。


 表面には名前が刻まれていた。


 ――グラン・ウォーカー


 冒険者になった証。


 だが。


 まだ願いの塔へ挑戦する資格は無い。


 願いの塔はクラン単位でのみ挑戦が認められている。


 クランへ所属しなければ。


 塔へ足を踏み入れる事すら出来ない。


 ギルド本部へ足を踏み入れる。


 昨日の試験会場とは別の巨大なホール。


 中には数十もの受付が並んでいた。


 それぞれの後ろには旗。


 紋章。


 クラン名。


 受付担当者達が席に座っている。


 そして。


 合格者達が列を作っていた。


 面接だった。


 グランは静かに周囲を見渡す。


 大手クラン。


 中堅クラン。


 小規模クラン。


 様々なクランが並んでいる。


 だが。


 ガルスの姿は無かった。


 周囲の会話が耳に入る。


「ガルスは別室らしいぞ」


「当然だろ」


「A評価だからな」


「もう大手クラン同士で取り合いだ」


 グランは小さく頷いた。


 そういうものなのだろう。


 特に何も思わない。


 自分は自分だ。


 まずは目の前の事をやるだけだった。


 一つ目のクラン。


 二つ目のクラン。


 三つ目のクラン。


 結果は同じだった。


「悪いが難しい」


「耐性は評価する」


「だが戦力としては厳しい」


「育成に時間が掛かり過ぎる」


 四つ目。


 五つ目。


 六つ目。


 結果は変わらない。


 無スキル。


 戦闘試験D。


 その二つが重かった。


 昼が過ぎる。


 午後が過ぎる。


 気付けば夕方になっていた。


 所属先を決めた冒険者達は次々と帰っていく。


 ホールの活気も失われていた。


 そして。


 最後の面接が終わる。


「すまない」


 受付担当者が頭を下げた。


「力になれそうにない」


「分かりました」


 グランは静かに頭を下げる。


 それで終わりだった。


 ホールを見渡す。


 残っている者はほとんどいない。


 窓から差し込む夕陽が床を赤く染めていた。


 静かだった。


 現実は厳しい。


 それは分かっていた。


 無スキル。


 戦闘試験D。


 今の自分に価値を見出す者は少ない。


 それだけの話だ。


 ふと。


 父の顔が浮かんだ。


 森で狩りを教えてくれた背中。


 大きな手。


 厳しくて。


 優しかった人。


 そして。


 母の顔も浮かぶ。


 優しい笑顔。


 夜になると聞かせてくれた冒険譚。


 願いの塔の話。


 胸の奥が少しだけ痛んだ。


 もし二人が生きていたら。


 今の自分に何と言うだろう。


 その時だった。


 幼い頃の記憶が蘇る。


 暖炉の火が揺れる夜。


 母の膝の上。


 グランは願いの塔の冒険譚に夢中になっていた。


 母は優しく笑いながら言った。


『グラン』


『夢を追うのはね』


『とても大変な事なの』


 幼いグランは首を傾げる。


 母は優しく頭を撫でた。


『辛い事もあるわ』


『苦しい事もあるわ』


『諦めたくなる日もきっと来る』


 暖かな声だった。


 今なら分かる。


 まるで今の自分の事を言っているようだった。


『でもね』


 母は微笑む。


『それでも前へ進もうとした人だけが』


『夢へ近付けるのよ』


 その言葉は。


 時間を越えて。


 今もグランの胸の中に残っていた。


 グランは首から下げた銅製プレートを握る。


 村を出た日を思い出す。


 もう戻れない。


 戻るつもりも無い。


 願いの塔を目指す。


 そのためにここまで来た。


 だから。


 まだ終わっていない。


 諦める理由にはならない。


 その時だった。


 視界の端に一枚の旗が映る。


 ホールの隅。


 他の受付から少し離れた場所。


 そこにも一つだけ受付が残っていた。


 そして。


 机の向こう側。


 一人の老人が座っている。


 コクリ。


 コクリ。


 肩が揺れていた。


 寝ている。


 どう見ても寝ていた。


 グランは足を止める。


 周囲を見る。


 誰もいない。


 列も無い。


 受付を待つ者もいない。


 旗に書かれた名前を見る。


 ――星塔の旅団


 グランは静かに見つめた。


 ここしか残っていない。


 選択肢は無かった。


 だが。


 それでいい。


 まだ終わっていないのだから。


 グランは受付へ歩み寄る。


「すみません」


 返事は無い。


 老人は眠ったままだった。


「すみません」


 もう一度呼ぶ。


 コクリ。


 コクリ。


 肩は揺れ続ける。


 グランは少し困った顔をする。


 そして。


「すみません」


 三度目。


 ようやく老人の肩が止まった。


「ん……?」


 眠そうな声。


 老人はゆっくりと顔を上げる。


 ぼんやりした目がグランを見る。


 数秒。


 沈黙。


 グランは頭を下げた。


「面接をお願いします」


 老人は何度か瞬きをした。


 そして。


「ああ」


 間の抜けた返事をする。


 大きな欠伸を一つ。


 それから椅子へ座り直した。


「そうだったな」


 まるで今思い出したかのように。


 老人はそう呟いた。

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