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この青春に、名前をつけるなら、なんて付ければいいのー!  作者: 汐音 月風


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8/22

友達だから…なんて、

放課後のチャイムが鳴ると、教室の空気が一気に緩んだ。


机を動かす音や、友達同士で交わす声が重なっていく。私は教科書を鞄にしまいながら、窓の外を見た。


今日は特に予定がない。


いつもなら莉奈や美月と一緒に帰ることが多くなってきたけれど、今日は二人とも用事があるらしい。


『由奈、ごめんねー! 今日は委員会あるんだ』


『ううん、大丈夫だよ』


『明日は絶対一緒に帰ろ!』


莉奈はそう言って、手を振りながら教室を出ていった。


少しして、美月も鞄を持ち上げる。


『私も部活行ってくる』


『うん。頑張ってね』


『ありがとう。また明日』


二人がいなくなると、急に教室が広く感じた。


……なんだろう。


別に、一人になることなんて珍しくない。


中学の頃は、いつも一人だった。


だから、本来なら何とも思わないはずなのに。


(……慣れるって、こういうことなのかな)


最近は誰かといる時間が増えたせいで、一人の時間が少しだけ違って感じるようになっていた。


私は鞄を持って、教室を出た。


***


昇降口へ向かっている途中、廊下の向こうから結衣が歩いてくるのが見えた。


『あ、由奈』


『結衣』


『今帰るところ?』


『うん』


『じゃあ、一緒に帰ろうか』


自然な言い方だった。


私は少し驚いたけれど、すぐに頷いた。


『うん』


二人で靴を履き替えて、校門を出る。


まだ四月の終わり。


少し前まで肌寒かったのに、最近は歩いていると少しだけ暑く感じる。


『そういえばさ』


結衣が隣で言った。


『莉奈が、今度みんなで遊びに行きたいって言ってたよ』


『みんなって?』


『由奈たちと。美月も誘うって』


『いいね』


思わず笑う。


休日に友達と遊ぶ。


それは、中学の頃の私にはほとんど縁のなかったことだった。


『どこ行きたい?』


『うーん……』


少し考える。


映画。


ショッピング。


カフェ。


色々思いつくけれど、なかなか決められない。


すると結衣が笑った。


『じゃあ、今度みんなで決めようか』


『そうだね』


『玲奈も誘ってみようよ』


その名前を聞いた瞬間、私は少しだけ黙った。


『……玲奈を?』


『うん』


結衣は不思議そうにこちらを見る。


『仲良くなりたいって、莉奈も言ってたし』


『そっか』


私は歩きながら前を見る。


玲奈。


あの子とは、まだほとんど話したことがない。


なのに、どうしてだろう。


私はあの子のことが、ずっと気になっていた。


最初に会ったときからそうだった。


綺麗な子だと思った。


静かで、近寄りがたい雰囲気があって。


でも、それだけじゃない。


『どこかで会ったこと、ある?』


あの言葉が、頭から離れない。


『由奈?』


『えっ?』


『どうしたの? ぼーっとしてたけど』


『あ、ごめん。ちょっと考え事してた』


『玲奈のこと?』


『……え?』


結衣が笑う。


『分かりやすいね』


『そ、そうかな』


『うん』


からかわれている気がして、私は少しだけ頬を膨らませた。


『別に、変な意味じゃないよ』


『ふふ。分かってる』


結衣はそれ以上何も言わなかった。


でも、その横顔がどこか楽しそうに見えた。


***


次の日。


昼休みになると、莉奈が勢いよく私のところへやってきた。


『由奈! 聞いて!』


『どうしたの?』


『今度の日曜日、遊園地行かない?』


『遊園地?』


『うん!』


突然の提案に、私は目を瞬かせる。


『みんなで行こうよ!』


『いいね!』


美月がすぐに賛成した。


結衣も頷く。


『私も大丈夫』


『やったー!』


莉奈が嬉しそうに笑う。


私は三人を見ながら、なんだか不思議な気持ちになった。


遊園地。


友達と。


……本当に?


そんなことを考えていると、莉奈が私の肩を軽く叩いた。


『由奈も行けるよね?』


『うん。行きたい』


『じゃあ決まり!』


『あとは玲奈ちゃんだね』


結衣がそう言った。


四人の視線が、少し離れた席へ向く。


玲奈は一人で本を読んでいた。


莉奈が立ち上がろうとした、そのとき。


『……私、誘ってくれるの?』


玲奈が顔を上げた。


『聞こえてたの?』


『うん』


玲奈は本を閉じる。


『……いいよ』


『ほんと!?』


『うん』


『じゃあ五人だ!』


莉奈が喜ぶ。


私はその様子を見ながら、玲奈と目が合った。


ほんの一瞬。


玲奈は何か言いたそうにしていたけれど、結局何も言わなかった。


その代わり、小さく笑った。


『楽しみだね』


『……うん』


私も笑い返す。


その瞬間、胸の奥が少しだけ温かくなった。


***


放課後。


遊園地の話で盛り上がりながら、みんなで教室を出る。


『絶対ジェットコースター乗ろう!』


『私はちょっと……』


『えー! 美月、怖いの?』


『怖くない。好きじゃないだけ』


『それを怖いって言うんだよー!』


莉奈と美月が言い合っている。


結衣は笑いながら二人を見ていた。


少し後ろを歩く玲奈と私は、自然と二人になった。


『……遊園地、楽しみ?』


玲奈が聞いてくる。


『うん。こういうの、久しぶりだから』


『私も』


『玲奈も?』


『うん』


少し意外だった。


もっと一人で静かに過ごすタイプだと思っていた。


『玲奈って、遊園地とか行くんだ』


『……私だって行くよ』


『あ、ごめん』


思わず笑ってしまう。


玲奈も少しだけ笑った。


その笑顔を見て、私はまた思った。


やっぱり綺麗だな、と。


でも、今までとは少し違う。


綺麗だから見ていたい、というだけじゃない。


もっと話してみたい。


どんなことが好きなのか知りたい。


どんなときに笑うのか知りたい。


そんなことを考えている自分に気づいて、私は慌てて前を向いた。


(……何考えてるんだろ)


友達だから。


玲奈も、みんなも。


ただ仲良くなりたいだけ。


それだけだ。


そう思おうとした。


でも、玲奈がふいに私の名前を呼んだ。


『……由奈』


『え?』


『日曜日、二人で少し見て回らない?』


『二人で?』


『うん。みんなで回るのも楽しそうだけど……』


玲奈は少しだけ言葉を探すように黙った。


『由奈と、話したいことがあるから』


心臓が、どくんと鳴った。


『……話したいこと?』


『うん』


玲奈はそれ以上何も言わなかった。


前を歩く莉奈たちが振り返る。


『二人ともー! 早くー!』


『今行く!』


私が返事をすると、玲奈も歩き出した。


その横顔を見ながら、私は考える。


玲奈が話したいことって、何なんだろう。


もしかして――。


中学のこと?


そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ冷たくなった。


もし、知られていたら。


もし、全部知られていたら。


私はどうすればいいんだろう。


それでも。


『……日曜日、楽しみだね』


玲奈がそう言った。


私は少しだけ迷ってから、頷いた。


『うん』


今はまだ、考えなくていい。


日曜日になったら、そのとき考えればいい。


そう自分に言い聞かせる。


そして、みんなのところへ走っていく。


五人で歩く帰り道。


少し前まで、一人で歩くことが当たり前だった私は。


今は誰かの隣を歩くことが、少しだけ当たり前になり始めていた。


――その「少しだけ」が、嬉しかった。


でも同時に。


まだ私は知らなかった。


友達と呼んでいるその距離が、いつか自分を悩ませるほど近くなることを。

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