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この青春に、名前をつけるなら、なんて付ければいいのー!  作者: 汐音 月風


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22/22

聞きたいことが、増えていく…

金曜日の放課後。


教室に残っていた生徒たちも、少しずつ帰り始めていた。私は鞄に教科書をしまいながら、スマホに届いたメッセージを確認する。


莉奈から、週末に行きたいカフェの写真が送られてきていた。どうやら新作のパンケーキが目当てらしい。


『……ほんと、甘いもの好きだなあ』


思わず呟くと、隣から声がした。


『由奈も好きでしょ?』


顔を上げると、玲奈が立っていた。


『あ、玲奈。いつからいたの?』


『今来たところ。何を見てたの?』


『莉奈がカフェの写真送ってきて。今度みんなで行きたいんだって』


『そうなんだ』


玲奈は私のスマホを覗き込むこともなく、隣の机に鞄を置いた。


『由奈は行きたい?』


『うん。パンケーキ、おいしそうだし』


『じゃあ、行けるといいね』


それだけ話して、玲奈は帰り支度を始めた。


最近、玲奈と二人で話す機会が増えた気がする。


中学のことを知っているからなのか、それとも単純に一緒に過ごす時間が増えたからなのか。私にはまだ分からなかった。


『……ねえ、玲奈』


『ん?』


『今日、一緒に帰らない?』


口にしてから、少し驚いた。


いつもなら、誰かに誘われるのを待っていた。自分から誘って、断られるのが怖かったから。


けれど、玲奈は迷うことなく頷いた。


『うん。帰ろう』


その返事にほっとした自分がいて、少しだけ気恥ずかしくなった。


学校を出て、駅とは反対方向の道を歩く。


途中にある小さな公園の前で、玲奈が足を止めた。


『少し座っていかない?』


『いいよ』


ベンチに並んで座ると、風に揺れた木の葉が足元を転がっていった。


しばらく、二人とも何も話さなかった。


気まずい沈黙ではなかった。無理に話題を探さなくてもいい時間というのは、思っていたより居心地がいい。


『……由奈ってさ』


先に口を開いたのは玲奈だった。


『うん?』


『高校に入ってから、変わった?』


『えっ、何が?』


『いろいろ』


曖昧な質問だった。


私は少し考えた。


『……変わったと思う。髪も、服も、メイクも』


『うん』


『でも、中身はそんなに変わってないかも』


『そうかな』


玲奈は私を見た。


『私は、変わったと思うよ』


『……どんなふうに?』


『前より、自分から話してくれるようになった』


その言葉に、私は膝の上で指を組んだ。


玲奈が知っているのは、今の私だけじゃない。


そう考えると、少し怖かった。


もし中学の頃の私を知っている人が、今の私を見たら、どう思うだろう。


無理して変わろうとしていると思うのか。それとも、別人みたいだと思うのか。


『……変じゃない?』


気づけば、そんな言葉が出ていた。


玲奈は首を傾げる。


『何が?』


『私が、急にこんなふうになったの』


玲奈はすぐには答えなかった。


そして、ゆっくりと口を開いた。


『変わりたいって思うことは、変じゃないよ』


『……』


『それに、今の由奈が無理してるかどうかなんて、私には全部分からない』


意外な答えだった。


何もかも見透かされているような気がしていたのに。


玲奈は、分からないことは分からないと言った。


『でも』


玲奈は続けた。


『由奈が今、楽しそうに笑ってるのは知ってる』


私は顔を上げた。


『……そう見える?』


『うん』


玲奈は少しだけ笑った。


『だから、それでいいんじゃないかな』


胸の奥にあった、固いものが少しだけ緩んだ気がした。


昔の私を知っている玲奈だからこそ、今の私を否定されるのが怖かったのかもしれない。


でも玲奈は、昔の私と今の私を比べて、どちらが本物なのか決めようとはしなかった。


『……玲奈は、どうして私のことを覚えてたの?』


聞くつもりはなかった。


けれど、言葉は自然と出ていた。


玲奈の表情が、ほんの少し変わる。


『……それは』


そこまで言って、玲奈は口を閉じた。


私は慌てて首を振った。


『ごめん。今、答えにくかったらいいよ』


『ううん』


玲奈は前を向いた。


『いつか、ちゃんと話すね』


『……うん』


それ以上は聞かなかった。


知りたい気持ちはある。


玲奈が何を覚えていて、あの日の私をどこから見ていたのか。


けれど、答えを急がせたくはなかった。


自分が話したくないことを、無理に聞かれたくないのと同じように。


帰り道、駅の近くで玲奈と別れた。


『また月曜日ね、由奈』


『うん。またね』


玲奈が人混みに消えていく。


私はその背中を見送りながら、ふと思った。


私は玲奈のことを、どれくらい知っているんだろう。


中学時代の私を知っていること。


静かだけれど、二人きりだとよく話してくれること。


そして、何かを隠していること。


まだ、それだけだ。


玲奈が何を好きで、何に悩んで、どんなときに笑うのか。


私はほとんど知らない。


知りたいと思った。


過去のことだけじゃない。


今の玲奈のことも。


スマホを開くと、グループチャットに莉奈から新しいメッセージが届いていた。


『日曜日、カフェ行こー! みんな空いてる?』


私はすぐに返信した。


『行きたい!』


送信してから、もう一度画面を見る。


玲奈からも返事が来ていた。


『私も行けるよ』


たったそれだけのメッセージなのに、なぜか少し嬉しかった。


私はスマホをしまい、家への道を歩き始めた。


知らないことがあるから、不安になる。


でも、知らないことがあるから、知りたいとも思える。


今の私は、その気持ちを怖がらずにいたかった。

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