話したくなった、その時でいい。
金曜日。
朝から教室は、いつもより少し騒がしかった。
昨日、莉奈が言い出した日曜日の予定について、朝からみんなで話しているからだ。
『ねえ、結局どこ行く?』
莉奈がスマホを見せてくる。
『ここ、駅の近くに新しいカフェできたんだって!』
『また食べ物?』
美月が呆れたように言う。
『いいじゃん。カフェ行って、そのあと買い物とか』
結衣が予定を考えていく。
『私は賛成』
玲奈も頷いた。
透子はスマホの画面を覗き込みながら、
『この辺なら駅から近いし、時間も大丈夫そう』
と答える。
『じゃあ決まり!』
莉奈が嬉しそうに笑った。
私はその会話を聞きながら、なんとなく不思議な気持ちになっていた。
少し前まで、休日に誰かと出かける予定なんてなかった。
予定がないことが普通だった。
「日曜日、何しよう」
そう考えて、結局家で過ごす。
それが私の日常だった。
それなのに今は、
「日曜日、何着て行こう」
なんて考えている。
自分でも少し笑ってしまう。
『由奈、どうしたの?』
莉奈が覗き込んできた。
『なんでもないよ』
『なんか嬉しそう』
『……そう?』
『うん』
『そっか』
そう言われると、余計に恥ずかしくなった。
***
昼休み。
六人でお弁当を食べていると、莉奈が突然言った。
『そういえばさ、由奈って中学のとき何部だったの?』
箸が止まった。
ほんの一瞬。
本当に一瞬だった。
でも、自分では分かる。
胸の奥が冷たくなった。
『……部活?』
『うん。運動苦手って言ってたから、文化部かなって』
『あー……』
どう答えよう。
中学のことは、できるだけ話したくない。
だけど、ここで黙ったら不自然だ。
『私は……帰宅部だったよ』
『へえ!』
莉奈は特に気にした様子もない。
『私も帰宅部だったらよかったなー』
『なんで?』
結衣が聞く。
『部活って疲れるじゃん』
『莉奈らしい』
みんなが笑う。
私は笑いながら、そっと息を吐いた。
よかった。
誰も深く聞かなかった。
でも――。
向かい側に座っていた玲奈だけは、何も言わなかった。
ただ、私を見ていた。
その視線に気づいて、目が合う。
玲奈はすぐに視線を逸らした。
午後の授業が終わる。
放課後は、みんなで駅まで歩く予定だった。
ところが、昇降口に着いたところで、透子が立ち止まった。
『ごめん。私、先生に呼ばれてる』
『じゃあ先に行ってるね!』
莉奈が言う。
『うん』
透子が教室へ戻っていく。
すると美月も、
『私、部活の時間だから』
と言った。
『じゃあ、また月曜日』
『うん』
美月と別れる。
結衣も途中の道で家が反対になる。
気づけば、最初は六人だったのに、駅へ向かう頃には四人になっていた。
莉奈、玲奈、私。
そして少し後ろを歩く結衣。
四人で歩く帰り道。
莉奈が突然、コンビニを指差した。
『ねえ、寄っていい?』
『また?』
結衣が笑う。
『だって新作のお菓子があるんだもん!』
『私は飲み物だけ買おうかな』
私もコンビニに入る。
店内を見ていると、莉奈が新作のお菓子を手に取った。
『由奈、これ半分こしよ!』
『いいよ』
『やった!』
その横で、玲奈が小さく笑っている。
『玲奈も食べる?』
莉奈が聞く。
『……少しなら』
『じゃあ三人で食べよ!』
結衣が呆れながら、
『私はいらないからね』
と言う。
そんな何気ない時間が、妙に楽しかった。
コンビニを出ると、空が少し赤くなっていた。
駅までの道を歩きながら、私は空を見上げる。
『今日、なんか早かったね』
『学校?』
玲奈が聞く。
『うん』
『そうだね』
隣を歩く玲奈を見る。
昨日より。
先週より。
少しずつ、この人たちとの距離が変わっている。
それが嬉しい。
でも同時に、少し怖い。
大切になればなるほど、失うのが怖くなる。
そんなことを考えていると、玲奈がぽつりと言った。
『由奈』
『ん?』
『……中学の話、無理にしなくていいから』
足が止まりそうになった。
『……え?』
玲奈は前を向いたままだった。
『話したくなったら、そのときでいい』
『……』
何も言えなかった。
どうして玲奈がそんなことを言ったのか。
聞きたかった。
でも、聞けなかった。
『……ありがとう』
やっとそれだけ言う。
玲奈は小さく頷いた。
『うん』
それ以上は、何も言わなかった。
駅が見えてくる。
莉奈たちは少し前を歩いている。
私はその背中を見ながら思った。
高校に入ってから、私はずっと「過去を知られたくない」と思っていた。
でも。
全部を知られなくても、今の私を見てくれる人がいる。
そのことが、少しだけ嬉しかった。
そして同時に――。
いつか、この人たちにはちゃんと話したい。
そう思った。
まだ、その日は来ていない。
でも。
いつかは。
そんな未来を、初めて想像できた帰り道だった。
第14話、ここまで読んでくださってありがとうございます!
今回は、六人で過ごす時間が少しずつ増えていく中で、由奈の過去にも少し触れるお話でした。
まだ全部を話すことはできないけれど、いつか由奈が自分から過去を話せる日が来るのか。
そして、玲奈が由奈の過去について何か知っているのか。
そのあたりも、これから少しずつ描いていけたらと思っています。
次回も、由奈たちの何気ない日常を楽しんでもらえたら嬉しいです。




