まだ友達じゃない…
木曜日。
朝の教室に入ると、いつものように莉奈が手を振ってきた。
『由奈、おはよー!』
『おはよう』
席に鞄を置くと、後ろから声がする。
『おはよう、小野寺さん』
振り返ると、透子が眼鏡を少し上げながらこちらを見ていた。
『おはよう、透子』
昨日までなら「高橋さん」と呼んでいた。
でも、昨日帰る前に透子から、
『みんな名前で呼んでるし、私も透子でいいよ』
と言われた。
だから、今日は少しだけ勇気を出して呼んでみた。
『……透子』
『うん』
透子は小さく頷いた。
それだけなのに、昨日より少し距離が近くなった気がした。
『ねえ、私も由奈って呼んでいい?』
『え?』
『ダメ?』
『ううん。いいよ』
『じゃあ、由奈』
『……なんか変な感じ』
『そのうち慣れるよ』
透子が淡々と言う。
その様子がおかしくて、私は笑った。
『何笑ってるの?』
『いや、透子って意外と面白いなって』
『そう?』
『うん』
『じゃあ覚えておく』
そんな話をしていると、莉奈が割り込んできた。
『なになに? もう二人で仲良くなってる!』
『普通に話してただけだよ』
『私も混ぜてー!』
『最初からいるじゃん』
美月が呆れたように言う。
そのやり取りに、透子も少し笑った。
昼休み。
いつものように机をくっつける。
昨日までは五人だった場所に、今日は透子がいる。
六人分のお弁当が並ぶと、少しだけ机が狭かった。
『狭いね』
結衣が笑う。
『でも六人っていいね!』
莉奈は嬉しそうだった。
『そうかな』
透子が周りを見る。
『なんか……人数が多いと、話についていけなくなりそう』
『大丈夫だよ!』
莉奈が胸を張る。
『私が全部話すから!』
『それが一番大変なんじゃない?』
美月が言う。
『ひどい!』
みんなが笑う。
透子も笑った。
昨日より自然だった。
少しずつだけど、透子がこの場所に馴染んでいく。
そんな感じがした。
昼食を食べ終わったあと、莉奈が突然言った。
『そうだ! 今度の日曜日、みんなで遊ばない?』
『また?』
美月が驚く。
『だって楽しかったじゃん』
『私はいいよ』
結衣が答える。
『私も』
玲奈も頷いた。
透子は少し考えてから、
『……私も大丈夫』
と言った。
『由奈は?』
『私も行く』
『決まり!』
莉奈が嬉しそうに笑う。
その瞬間、私はふと玲奈を見た。
玲奈もこちらを見ていた。
目が合う。
でも、玲奈はすぐに視線を逸らした。
昨日までなら気にならなかったかもしれない。
でも今は、少しだけ気になる。
(……まだ、あの話の続き聞いてないんだよね)
観覧車の中で玲奈が言いかけたこと。
『実はさ、私、由奈のこと――』
その先。
いつ話してくれるのだろう。
そんなことを考えていると、透子がこちらを見ていた。
『由奈』
『ん?』
『どうしたの?』
『え?』
『さっきから玲奈のほう見てたから』
『……!』
思わず言葉が止まる。
『な、なんでもないよ』
『そう?』
透子はそれ以上聞かなかった。
ただ、少しだけ不思議そうな顔をしていた。
放課後。
今日はみんなで駅まで歩くことになった。
莉奈と結衣が前を歩き、美月と透子がその後ろ。
私は玲奈と並んで歩いていた。
しばらく、二人とも何も言わなかった。
駅が近づいたところで、玲奈が口を開く。
『……由奈』
『うん?』
『日曜日さ』
『うん』
『また、少しだけ二人で話してもいい?』
昨日と同じ言葉。
私は少しだけ迷ってから、
『……うん』
と答えた。
玲奈は小さく笑った。
『ありがとう』
前を歩いていた莉奈が振り返る。
『二人ともー! 置いてくよー!』
『今行く!』
小走りで追いかける。
その途中、私は後ろを振り返った。
透子がこちらを見ていた。
目が合う。
すると透子は、ほんの少しだけ笑った。
まだ、友達になったばかり。
いや。
もしかしたら、まだ「友達」と呼ぶには早いのかもしれない。
それでも。
一緒に笑ったり、名前を呼んだり、同じ帰り道を歩いたり。
そういう小さなことが積み重なっていけば、いつか自然にそう呼べる日が来るのかもしれない。
六人になった帰り道は、昨日までより少しだけ賑やかだった。




