6人目の女の子。
水曜日。
朝の教室は、いつもより少しだけ騒がしかった。
『ねえ、由奈。昨日の数学の宿題やった?』
莉奈が机を寄せてくる。
『一応やったよ』
『見せて』
『自分でやりなよ』
『ちょっとだけ!』
『ダメ』
『ケチー!』
そんなやり取りをしていると、美月が横から口を挟んだ。
『莉奈、昨日も同じこと言ってた』
『美月は厳しいなあ』
『自分でやったほうが覚えるから』
『うぅ……』
結衣が笑いながら、
『じゃあ、分からないところだけ教えてあげる』
と言う。
いつもの朝。
少し前までなら、こんな光景を眺めている側だった。
今は、その中に自分もいる。
それが当たり前になりつつあることが、最近は少し怖いくらいだった。
当たり前になると、失うことが怖くなる。
そんなことを考えていると、教室の前の扉が開いた。
先生と一緒に、一人の女の子が入ってくる。
肩より少し長い髪。
細いフレームの眼鏡。
制服はきちんと着ていて、手には教科書が何冊か入った鞄を持っている。
先生が黒板の前に立った。
『今日からこのクラスに入る高橋さんだ』
女の子が一歩前に出る。
『高橋透子です。よろしくお願いします』
短い挨拶。
それだけだった。
教室から小さな拍手が起こる。
『席は……小野寺の後ろが空いてるな』
『はい』
透子は私の後ろの席へ向かって歩いてくる。
すれ違う瞬間、目が合った。
『……よろしく』
『う、うん。よろしく』
それだけ。
透子は席に座ると、さっそく教科書を取り出した。
休み時間。
莉奈が真っ先に透子のところへ行った。
『ねえねえ、高橋さん!』
『……はい?』
『私、莉奈! よろしくね!』
『よろしく』
『敬語じゃなくていいよ!』
『分かった』
透子は少しだけ困ったような顔をした。
その様子を見て、結衣が笑う。
『莉奈、いつも通りだね』
『だって友達増えるじゃん!』
『まだ友達とは決まってないけど』
美月が言う。
『えー、細かい!』
私は思わず笑ってしまった。
すると、透子がこちらを見る。
『小野寺さん』
『え?』
『さっきから、よく笑うんだね』
『……そうかな?』
『うん』
透子はそれだけ言って、また教科書に目を戻した。
なんとなく変な感じがした。
褒められたのか。
それとも、ただ思ったことを言っただけなのか。
判断できない。
昼休み。
いつものように、私たちは机をくっつけてお弁当を広げた。
今日は透子も一緒だ。
『高橋さん、お弁当ちっちゃ!』
莉奈が驚く。
『そう?』
『足りる?』
『足りる』
『私の卵焼きあげようか?』
『いらない』
『即答!?』
みんなが笑う。
透子は少しだけ口元を緩めた。
その笑顔は、本当に一瞬だった。
でも、私はなんとなく気づいた。
(……笑うんだ)
もっと無表情な子なのかと思っていた。
『透子って、普段何してるの?』
結衣が聞く。
『本読んでることが多い』
『私も本好き!』
莉奈が手を挙げる。
『莉奈は漫画でしょ』
美月が言う。
『漫画も本じゃん!』
『そうだけど』
また笑い声が起こる。
透子はその輪を眺めながら、少しだけ考えるようにしていた。
『……楽しそうだね』
『楽しいよ!』
莉奈が即答する。
『高橋さんも一緒にどう?』
『……いいの?』
『もちろん!』
その言葉に、透子は少し驚いた顔をした。
そして、
『じゃあ……よろしく』
小さく笑った。
その日の放課後。
私は教室に忘れ物をして、一人で戻ってきた。
すると、まだ透子が席に座っていた。
『あれ? 高橋さん、まだいたの?』
『うん。少し勉強してた』
机の上には数学の問題集。
『数学、得意なの?』
『好き』
『すごい……』
『小野寺さんは?』
『私は……普通』
『昨日、宿題をちゃんとやってたから、得意なのかと思った』
『見てたの?』
『後ろの席だから』
そう言って、透子は問題集を閉じた。
『でも』
『ん?』
『小野寺さんって、意外と負けず嫌いだよね』
『え?』
『莉奈に宿題見せてって言われたとき、絶対見せなかったから』
『……あれは』
思わず言葉に詰まる。
『自分でやったほうがいいかなって』
『うん』
透子が頷く。
『そういうところ、私は好きかも』
『……え?』
透子は一瞬だけ黙った。
『……考え方が、って意味』
『あ、そういうこと……』
なんだか妙に恥ずかしくなった。
透子はそんな私を見て、少し笑う。
『じゃあ、また明日』
『うん。また明日』
教室を出る。
廊下を歩きながら、私は思った。
高橋透子。
まだよく知らない。
でも、少し変わった子かもしれない。
そして――。
これから、この子とも一緒に過ごす時間が増えていく。
そんな気がした。
まだ六人目は、私たちの中に完全に馴染んだわけじゃない。
でも、その距離は少しずつ縮まり始めていた。




