第二十二話 ダンジョンの王
【エレナ視点】
ヒュドラの部屋から、さらに下へ降りた。
この階層にも、モンスターは1匹もいない……。
本当に、1匹残らず狩り尽くしたというの?
そんなことが可能なの……。
ヒュドラ攻略のため調べた文献の中にも、この階層については、ほとんど情報が残ってなかった。
だが、この異様な存在感を放つ巨大な扉――ここがボス部屋なのだろう。
「キース……本当に行くの?」
「運が良けりゃ漁夫の利を狙えるかもしれねぇ。ヤバいと思ったら、すぐ撤退だ」
キースがそう言い、大きな扉を押し開けた。
強力なボスモンスター。
あるいは、最強のパーティーとボスが死闘を繰り広げている。
そんな光景を想像していた。
だが、部屋の中は不気味なほど静まり返っていた。
「中に入るぞ」
キースに続き、私も部屋へ足を踏み入れる。
やはり、敵の姿はない。
しばらく進むと、大きな玉座が姿を現した。
そして、その上には一つの宝箱が鎮座していた。
「ここが、このダンジョンの最下層か」
「こんな所に置かれている宝箱……どんなすげぇ宝が入ってるんだろうな」
「じゃあ、俺が開けるぜ」
パーティーの盾役の男が宝箱へ近づき、蓋に手を掛ける。
そして、勢いよく開いた。
「えっ……?」
その瞬間、男の上半身が消えた。
違う。
消えたんじゃない。
――喰われたんだ。
残された下半身も、宝箱から伸びた触手に絡め取られ、そのまま引きずり込まれていく。
やがて、その宝箱はゆっくりと立ち上がった。
箱の隙間から、無数の触手を這わせながら。
宝箱に擬態する魔物――ミミック……?
いや、あれはそんな生易しい化け物じゃない。
禍々しいオーラが全身を貫き、身体が震える。
この圧倒的な存在感。
この威風。
間違いない。
あれこそが最下層のボス――このダンジョンの支配者だ。
「全員、逃げろぉぉぉっ!!」
キースの怒号が響く。
その声で硬直していた身体が、ようやく動いた。
「《ウッドバインド》!」
精霊魔法で王を拘束する。
だが、長く持つとは思えない。
私はすぐに入口へ向かって全力で駆け出した。
――ブチッ。
ブチブチッ。
拘束が引きちぎられる音が背後から響く。
恐る恐る振り返ると、無数の触手を床へ突き立て、猛スピードで迫ってくる王の姿が見えた。
「固まってたらまずい! みんな、バラバラに逃げて!!」
私が叫んだ、その瞬間だった。
「えっ……?」
背中に強い衝撃が走る。
もう、追いつかれた!?
膝をつき、振り返る。
そこに立っていたのは――
血塗れの剣を握ったキースだった。
「悪いな、エレナ」
「ここまで付き合ってやったんだ。」
「最後は囮になって、俺たちの役に立ってくれ」
「そ……そんな……」
床へ倒れ込む。
傷は深い。
「ふざけるな……」
「ふざけるなよ……!」
何が役に立てだ。
クソッ……。
あんな奴らを信じた私が馬鹿だった……!
まだ死ねない。
死ぬわけにはいかない……!
その時、王がすぐ背後まで迫ってきた。
死を錯覚するほどの圧倒的な威圧感。
だが王は、私には目もくれず、そのままキースたちを追い越していった。
……まさか、見逃された?
でも、この出血……。
早く手当てをしないと――
「ギャアアアアアッ!!」
「ぐあぁぁぁぁぁ!!」
キースたちの断末魔が響く。
私を囮にしたというのに、あっさり喰われたようだ。
やがて王は、キースたちを喰らい終えると、ゆっくりとこちらへ向かってきた。
……見逃されたわけじゃなかった。
「精霊よ……《ファイヤーストーム》!」
――なっ!?
発動しない……。
まさか……精霊たちが怖がっているの……?
王は私の目の前まで来ると、静かに見下ろしてきた。
キースたちはすぐ喰われたのに……。
何をするつもりなの……。
一本の触手が伸び、私の身体を人形のように持ち上げる。
ニヤリ。
表情なんて見えないはずなのに。
私を見て笑ったような気がした。
ギリ……。
ギリギリギリギリ……。
「ぐっ……!」
触手が蛇のように身体へ巻き付き、凄まじい力で締め上げてくる。
メキッ。
バキバキッ。
ボキッ!
全身の骨が次々と砕け、激痛が身体を貫いた。
「ぎ、ぎゃああああぁぁぁ!!」
し、死ぬ……!
まだ死ねない!
ルシアを助けるまでは、絶対に死ぬ訳にはいかないんだ!!
砕けた腕に無理やり力を込め、触手を殴る。
まったく効かない。
それでも、諦めるわけにはいかなかった。
その時、新たな触手が目の前へ伸びてきた。
他の触手とは違う。
赤黒く、どろりとした粘液に覆われている。
「いや……」
あれは嫌だ。
本能的な嫌悪感が全身を駆け巡る。
その触手が、ゆっくりと私の身体を這っていく。
顔。
腕。
胸。
腹。
太もも。
おぞましい感触が全身を這い回る。
『オッ……ン、ナァ……』
嫌悪感で全身に鳥肌が立つ。
こいつ……人の言葉を話すの……?
しかも――
私を"女"と認識している。
私を……苗床にするつもりなのか……。
全身の骨を砕かれた痛み。
背中の傷から流れ続ける血液。
そして、嬲り者にされる恐怖。
身体が震え、力が入らない。
「ごめん……ごめんね、ルシア……。」
「お母さん……あなたを助けてあげられなかった……。」
諦めの言葉が、自然と口から漏れていた。
もう、意識がもたない……。
朦朧とする意識の中――
最後に目に映ったのは……
引き千切られた……手……。
そこで、私の意識は途絶えた。




