第十五話 初めての敗北
目を覚ます。
「良かった……まだ死んでない。」
意識がはっきりするにつれ、毒の痛みがぶり返してきた。
身体の内側が焼けるように熱い。
苦痛はまったく引いていなかった。
どれだけ眠っていたのだろう。
ここは魔物が集まる水飲み場だ。
そんな場所で襲われなかったのは、運が良かったとしか言いようがない。
ヒュドラへ挑む前、この周辺の魔物を狩り尽くしておいたのが幸いしたのだろう。
俺は身体を起こそうとする。
「ぐあっ……!」
全身に激痛が走る。
「はぁ……はぁ……。」
「ヒール。」
淡い光が身体を包み、傷が少しずつ塞がっていく。
それでも猛毒までは消えない。
毒が抜けるまでは、まともに動くことすらできそうになかった。
その時だった。
何かが近づいてくる足音が聞こえる。
「この足音は……ゴブリンか。」
まずい。
今の状態で見つかれば終わりだ。
俺は激痛に耐えながら触手を動かし、岩陰へ身体を隠した。
そのまま息を潜める。
やがて数匹のゴブリンが水飲み場へやって来た。
喉を潤し、しばらく辺りを見回している。
頼む。
気付かないでくれ。
俺は微動だにせず、じっと耐え続けた。
しばらくして、水を飲み終えたゴブリンたちは、そのまま去っていく。
「はぁぁ……。」
大きく息を吐いた。
ゴブリンから逃げ隠れしなければならないなんて。
まるで、自分で動き始める前の頃へ戻った気分だった。
腹は減っている。
だが、この痛みでは何かを食べられる気もしない。
「ヒール。」
もう一度だけ回復魔法を使う。
俺は岩陰へ身体を寄せ、そのまま再び眠りについた。
数時間後。
再び目を覚ます。
「毒は……少しマシになったか。」
俺は水をがぶ飲みした。
ヒュドラとの戦闘と猛毒のせいで、体力はほとんど空っぽだ。
何か食べなければ。
しばらく待っていると、1匹のネズミが水を飲みにやって来た。
俺は回復した触手で素早く捕まえ、そのまま捕食する。
「……久しぶりの食事だ。」
食べ物を口にできたことで、ようやく生き延びた実感が湧いてきた。
「ははっ。」
「思えば、知性を得る前もネズミばっかり食ってたな。」
少しだけ笑みがこぼれる。
だが、すぐに表情は曇った。
「俺……傷が治って、毒が抜けたら、この後どうするんだ?」
ヒュドラへ再挑戦するのか。
いや。
そんなことをする必要があるのか?
ダンジョンの出口は、おそらく上にある。
ヒュドラのいる最下層へ進む理由なんてない。
あいつのことは忘れて、外へ出て新しい冒険を始めればいい。
――違う。
そうじゃない。
今まで戦ってきた相手を思い出せ。
蛸の魔物。
金属スライム。
ゴブリンキング。
巨大蜘蛛。
炎獣。
どいつも一筋縄ではいかない強敵だった。
所詮、この世界は食うか食われるか。
生きるか死ぬかだ。
でも。
もし俺を倒して喰らった相手が、王を目指すことを諦め、強敵から逃げて終わるような奴だったら。
俺は、どう思うだろう。
「そんなの……絶対に嫌だ。」
だったら。
逃げるわけにはいかない。
だが――。
ヒュドラを思い出した瞬間、身体が震えた。
あの暗闇。
九つの首。
次々と飛んでくる強化された攻撃。
驚異的な再生能力。
そして、あの猛毒。
小さな傷一つが致命傷へ変わる恐ろしい毒。
何より、悪食を封じられたまま戦うのがきつすぎる。
「あいつに……打開策なんてあるのか。」
途方に暮れながら視線を落とす。
その時だった。
1匹のカエルが目に入る。
赤い身体に黒い模様。
魔物ではない。
ただのカエルだろう。
それなのに、不思議と目が離せなかった。
前世の知識が頭をよぎる。
――派手な色をしたカエルは毒を持っている。
俺は反射的に触手を伸ばし、カエルを捕まえた。
そのまま箱を開き、一気に飲み込む。
「にがっ……!」
次の瞬間。
「ぐあああっ!」
身体が激しく震える。
眩暈がする。
今すぐ全部吐き出したくなる。
だが。
「耐える……!」
「絶対に吐き出さない!」
ヒュドラの毒がまだ残っているというのに、自分でも正気とは思えない。
「ヒール!」
回復魔法を使いながら耐える。
さらに水をがぶ飲みする。
しばらくすると、ようやく苦しみが落ち着いてきた。
「このカエル……かなり強い毒を持ってるな。」
もちろん、ヒュドラほどではない。
だが、それでいい。
「これなら……。」
周囲を見渡すと、同じようなカエルが何匹もいた。
また捕まえて喰らう。
毒に耐える。
また捕まえる。
喰らう。
また耐える。
毒の苦しみは辛い。
だが、大丈夫だ。
俺なら耐えられる。
俺は何度も何度も繰り返した。
毒カエルを探し、喰らい続けた。
丸一日。
周囲からカエルが完全にいなくなった頃。
[スキルを取得しました]
・獲得スキル:『毒耐性・小』
「よっしゃああああ!!」
狙い通りだ。
ヒュドラ攻略に必要な能力を、ついに手に入れることができた。
◇
触手を広げ、壁を蹴りながら進む。
「身体が軽い……。」
ヒュドラの猛毒は、その後も一か月以上身体を蝕み続けた。
ようやく完治した頃には、すっかり元の動きを取り戻していた。
しばらく進むと、前方から光が差し込んでいる場所へ辿り着く。
「外……。」
眩しい光。
おそらく、ここがダンジョンの入り口なのだろう。
外の世界は気になる。
だが、まだ出るわけにはいかない。
俺には、このダンジョンでやるべきことが残っている。
あれから俺は、上層へ向かいながらダンジョンを攻略し続けた。
予想通り、上へ行くほど敵は弱くなる。
苦戦することはほとんどなかった。
もちろん、新しいスキルを手に入れるのも目的の一つだ。
だが、一番の目的は違う。
毒耐性を強化すること。
この一か月。
毒カエル。
毒キノコ。
毒蜘蛛。
毒ムカデ。
毒を持っていそうな生き物は、見つけ次第すべて喰らってきた。
その結果。
『毒耐性・大』
ついに、ここまでスキルを成長させることができた。
「ヒュドラ再戦の準備は整った。」
俺は外へ続く光を見つめる。
ここまで来たのは、外へ出るためじゃない。
決意を固めるためだ。
「俺は、必ずここへ戻ってくる。」
「その時は――。」
「このダンジョンの王になっている。」




