第十三話 死闘
ヒュドラ。俺は、目の前の怪物をそう名付けた。
『ダークネス』
再び、周囲が完全な暗闇に包まれる。
圧倒的な絶望感が押し寄せてきた。
それでも、闘争心が俺を奮い立たせる。
「まだ諦めるには早い。」
あいつの再生力は、どこまで通用する?
頭を潰しただけでは再生した。
だが、俺には悪食がある。
完全に喰らい尽くせば、さすがに復活できないのではないか。
ならば、やることは一つだ。
「ウォーター!」
再び水魔法で身体を冷やす。
「ファイヤー! ファイヤー! ファイヤー!」
周囲の木材へ炎を灯し、囮にする。
だが、ヒュドラは攻撃してこなかった。
「一本潰されたことで、警戒してるのか……?」
『ダークネス』
周囲は再び完全な闇へ閉ざされた。
しかし、炎をいくつもばら撒いた今の状況なら、ヒュドラもこちらの位置を正確には捉えられないはずだ。
その時。
『攻撃強化』
『速度強化』
『表皮硬質化』
「自分に強化魔法を……? そんなことまでできるのか!」
《索敵・下級》
《音波探知》
俺はスキルを使い、ヒュドラの位置と地形を把握し、なんとか攻撃に備える。
「強化した首を、天井近くまで持ち上げた……?」
次の瞬間、巨大な頭が隕石のような勢いで振り下ろされた。
「こっちへ一直線だと!?」
回避。
いや、速度強化された首を、今から避けきるのは無理だ。
「迎え撃つ!」
今出せる最大数、八本の触手を伸ばす。
そして、落下してくる首へ一斉に巻きつけた。
「止まれぇぇぇ!」
触手へ力を込める。
だが、強化された首の勢いには耐えられなかった。
八本の触手が、一瞬で引き千切られる。
「ぐあぁぁぁっ!」
隕石のような一撃が、俺の身体へ直撃した。
激しい衝撃に意識が飛びかける。
箱の身体には大きな亀裂が走った。
あまりにも重く、強烈な一撃。
地面には、巨大なクレーターができていた。
「だが、それは悪手だ!」
『底力』
自分から俺の間合いへ飛び込んできてくれた。
身体はボロボロだ。
それでも、底力が発動したおかげで、まだ動ける。
「悪食!」
硬質化した首へ喰らいつく。
強化された防御力も、悪食の防御無視の前では意味をなさない。
牙を深く食い込ませ、そのまま首を噛み千切る。
そして一気に、一本の首を喰らい尽くした。
「ギィィジャァァァァッ!」
ヒュドラが耳障りな咆哮を上げる。
追撃はない。
首を失い、警戒しているのだろう。
喰らい尽くした首は再生していない。
「やっぱり悪食は効く!」
これをあと八回繰り返せばいい。
「あと八回……。」
気が遠くなる。
身体は既にボロボロだ。
だが、相手は不死身ではない。
「勝機はある!」
その直後だった。
「がっ……! ぐあぁっ!?」
とてつもない衝撃が、身体の内側を走り抜けた。
全身が火炙りにされたように熱い。
身体が震え、うまく息ができない。
「これは……毒か!?」
危険。
危険。
危険。
本能が激しく警報を鳴らす。
顔を上げると、目の前へ別の首の牙が迫っていた。
「フライ!」
底力で激痛を押さえ込み、風魔法で後方へ飛ぶ。
眩暈がする。
少しでも気を抜けば、意識を失いそうだった。
「この毒……吐き出さないと、確実に死ぬ!」
箱の内部が激しく痙攣する。
俺は蓋を大きく開き、喰らった肉を一気に吐き出した
俺は、喰らったヒュドラの残骸を口から吐き出した。
目の前に大きな血溜まりが広がる。
すべて吐き出した。
それでも身体の震えは収まらない。
毒は依然として、全身へ激痛を与え続けていた。
いつヒュドラが追撃してきてもおかしくない。
だが、あまりの苦痛に考えがまとまらない。
「どうして……攻撃してこない?」
弱りきった俺を前にしても、ヒュドラは動かなかった。
とはいえ、こちらから攻撃できる状態でもない。
何とか意識を保ち、ヒュドラを見据える。
すると、首を失った胴体部分が持ち上がった。
そして、俺が吐き出した血溜まりへ勢いよく突っ込んでいく。
「おいおい……。嘘だろ、そんなの。」
血溜まりから首が持ち上がる。
そこには、悪食で喰らい尽くしたはずの頭が復活していた。
『回復強化』
九本すべての首が元に戻る。
回復スキルを使ったからなのか、ダメージが残っているようには見えない。
対する俺は、猛毒に侵され、まともに戦うことすらできない。
毒がある限り、悪食も使えない。
せっかく倒した首も、すぐに復活する。
「クソッ……。もう打つ手がねぇじゃねぇか。」
ヒュドラは追撃してこない。
なぜだ?
そこで、ようやく気づく。
「ああ、そうか……。」
無理に攻める必要などない。
放っておけば、俺は毒で勝手に弱っていく。
ヒュドラは、それを待っているのだ。
「考えろ。何かやれることを!」
いや、何でもいい。
追撃されないうちに、とにかく試せ。
魔法を放つ。
武器を投げる。
だが、所詮は暗闇の中で闇雲に繰り出した攻撃だ。
ヒュドラは距離を取り、簡単に防いでしまう。
決定打になるものは何もない。
多少の傷など、一瞬で回復される。
「ヤバい……。毒が、さらに回ってきた……。」
これ以上戦っても意味がない。
頭の中に、一つの言葉が浮かんだ。
逃げろ。
「これは……俺の敗北だ。」
「フライ!」
風魔法で飛び上がり、入り口へ向かって逃げる。
『攻撃強化』
『速度強化』
『表皮変質・一角針』
あと少しで入り口へ届く。
そう思った瞬間、巨大な角を生やした頭が、俺の身体を貫いた。
「ぐっ……!」
この角も能力なのか。
接近戦を警戒し、噛みつきではなく串刺しを選んだのだろう。
ヒュドラはそのまま大口を開く。
身体を貫いていた角が縮み、俺の身体が真上から口の中へ落とされた。
「駄目だ……。」
猛毒と、身体を貫かれた痛み。
まともに抵抗する力は残っていなかった。
そのまま俺は、ヒュドラに丸呑みにされた。
ヒュドラは強敵を倒したことに満足したのか、勝利の咆哮を上げる。
だが、直後。
俺を飲み込んだ首が、激しく暴れ始めた。
自らの頭を床へ何度も叩きつけ、苦しそうにのたうち回る。
口からは、武器や石、魔物の骨が次々とこぼれ落ちた。
そして。
ヒュドラの首が、内側から弾け飛んだ。
俺が体内に収納していた大量のアイテムを、ヒュドラの首の中で一気に解放したのだ。
「一本潰したところで、どうせすぐ復活する!」
猛毒も、戦闘で受けたダメージも残っている。
このまま戦い続けることはできない。
「フライ!」
再び距離を取る。
出口は、もう目の前だ。
その時、速度強化を使った首が、猛スピードで追ってきた。
もはや、まともに戦う力は残っていない。
俺は体内に残っていたアイテムを、すべて吐き出した。
大量の武器や骨、鉱石が一気に放出される。
その勢いに押し出されるように、俺の身体は出口へ向かって飛んでいく。
背後から、ヒュドラの牙が迫る。
「あと少し……! あと少しだ!」
牙が背中のすぐ近くまで迫る。
突き刺さる寸前、俺は入り口の扉の外へ滑り込んだ。
ヒュドラの首が、見えない壁に阻まれる。
「こいつ……ボス部屋から出られないのか。」
「た、助かった……。」
だが、猛毒に侵された身体は、依然として苦しいままだった。
俺は身体へ鞭を打ち、這うように階段を上っていく。
意識が遠のいていく。
だが、こんな場所で倒れれば、他の魔物に襲われる。
「早く……どこかに隠れて、毒を治さないと……。」
ミミックに転生してから、初めての敗北。
勝利を重ね、膨れ上がっていた俺の自信は、あっけないほど簡単に打ち砕かれた。
「あいつには……勝てねぇ。」
しばらく進み、地下水の湧き出る場所へたどり着く。
俺は水を飲んだ。
だが、体調はまるで良くならない。
「せっかく逃げ出したのに……ここで死ぬのか……。」
そこで、ついに意識を保てなくなった。
視界が暗く沈んでいく。
そして俺は、そのまま意識を失った。




