第70話 閉じてしまった円
盤が、強く光った。
三点が完全に接続する。円環が閉じ、歪みが消える。負荷が消える。あまりにも完璧な均衡が、静寂とともに降りてきた。
セラフィオンの視界が、一瞬だけ白く染まる。
「……成立」
静かすぎる成功だった。
声が落ちる。成功だ。理論は、正しかった。──なのに。
胸の奥が、焼ける。痛みではない。もっと深い場所で、何かが歪む。
「……っ」
膝が、わずかに揺れる。遅れてくる代償だった。
「……フィオ?」
ローゼリアの声が遠い。はっきりと分かる。今までと違う。
──近すぎる。身体が熱い。
「リア……」
呼ぶつもりはなかった。言葉が、わずかに遅れる。
ローゼリアへ。気づいたときには、一歩踏み出しかけていた。
……止める。
理性で、押し戻す。
まだ、壊れていない。──そう思い込む。
「これは……必要な処置でした」
繰り返す。その言葉は、もう支えにならない。自分で踏み越えたことを、知っている。これは処置だ。必要な接触だ。──そう定義しなければ、壊れる。
もう、とっくに壊れているのに。それでも、壊れていないふりを続ける。
ローゼリアの指が、そっとセラフィオンの唇に触れる。
「……温度、違う」
静かな声。拒絶ではない。理解でもない。ただ、気づいている。
──残酷なほどに。
◇◇◇
その瞬間。遠く、ルカリウスの瞳の奥で赤が弾けた。
距離を越えて血が騒ぐ。──奪われた、という感覚。
「……セラフィオン、あいつ」
低く、名を呼ぶ。その声は、誰にも届かない。それでも確実に、何かが始まった。
◇◇◇
カチ。エリオの懐中時計が鳴る。今度は、ズレない。ぴたりと、正確に。
「……あーあ」
楽しそうに笑う。でも、どこか呆れたように。
「閉じちゃった」
円環が完全に成立した。均衡は完璧だ。だからこそ、壊れる。
「次は、選ばされるね」
誰が。どちらを。あるいは──何を壊すか。
秒針は、もう戻らない。




