第61話 橋の下の視線
王族の船は、橋の影へゆっくりと滑り込んだ。
石造りのアーチが水面に影を落とし、花びらがゆらゆらと流れている。光が薄くなり、水面の赤だけが暗がりの中で静かに揺れた。
ローゼリアは橋を見上げた。
「……エリオ?」
欄干にもたれたキャラメル色の髪。その隣には、黒髪で眼鏡をかけた男。スケッチ帳を持つ人間の画家。
エリオが気づき、ぱっと顔を上げる。
「リア!」
軽く手を振る。ローゼリアも笑って手を振り返す。
「何してるの?」
「デート」
「昼間から?」
「昼だからよ」
軽い会話。けれどその横で、ルカリウスはゆっくりと視線を上げていた。
橋の上。エリオの金の瞳が、こちらを見る。その瞬間、笑顔の奥の何かがほんの少しだけ変わった。
この男はただ見ているのではない。測っている。──どこか、似ている。
船が橋の真下に入る。光が消え、世界が一瞬だけ静かになる。その暗がりの中で、ルカリウスとエリオの視線がまっすぐぶつかった。
エリオは小さく片眉を上げる。
「ルカ兄も、元気そうじゃん」
「問題ない」
その声の奥で、左目がわずかに熱を帯びる。ほんの一瞬、赤が灯る。エリオの瞳が、細くなった。
船が橋を抜ける。光が戻る。
ルカリウスは前を向く。だが、あの金の瞳の感触が、まだ背中に残っていた。測られた、という感覚。不快ではない。それが余計に引っかかる。
あの男は何を知っている。
「エリオー!」
ローゼリアがまだ橋を見上げて声をかける。エリオが手を振り返す。
「楽しんで」
いつもの軽い声。船はゆっくりと遠ざかる。
エリオはしばらくその背中を見ていた。隣でアルベリクが静かに言う。
「王女様と……騎士ですか」
「うん。リアの恋人」
アルベリクは船を見つめたまま言う。
「戦勝パレードで見たことあるくらいですが……強い人ですよね」
エリオは肩をすくめる。
「強いよ」
それから小さく呟く。
「……王になるくらいにはね」
ポケットの中で懐中時計が鳴る。カチ。秒針は、静かに進んでいた。




