表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/67

第57話 恋人の距離


温かな日差しが、どこか場違いに差し込んでいた。


冷たい季節は去り、やわらかな風が水路沿いの花を揺らしている。王都のこの季節には、深紅のラーレが一斉に咲き始める。石造りの運河の両岸を埋めるように咲く花は、風が吹くたびに揺れ、ときおり花びらを水面へ落とす。ゆっくりと流れていく赤。まるで水路そのものが、静かな色を運んでいるみたいだった。


「こんな温かい日は、船上から花を眺めたいわ」


ローゼリアが侍女に呟いた瞬間、王宮はすぐに動き出していた。


白い船体に金の装飾。舳先には薔薇の紋章。日差しを受けて、細工された金がやわらかく光っている。花見のためだけに用意された船とは思えないほど、それは優雅で、そしてどこか静かだった。


ローゼリアが乗り込むと、船はゆっくりと水路を進み始める。護衛の船は距離を取って後ろに控え、この時間だけ、王女の世界が少し広がったみたいだった。


「……贅沢だな」


低い声が、背後から落ちる。振り返らなくても分かる。


「ルカ」


銀髪が光を受けて淡く輝く。あの夜から、二人の距離はもう戻らない。


ルカリウスは船の縁に軽く手を置き、周囲を一度だけ確認してから空を見上げた。


「王族の花見はこういうものよ」


ローゼリアはくすりと笑う。


「嫌い?」


「嫌いではない」


短い答え。それから少し間を置いて、付け足す。


「お前が楽しそうなら、問題ない」


ローゼリアは、少しだけ目を細めた。


風が吹く。花びらが一斉に舞い、いくつかが船の上に落ちる。深紅の一枚を拾い、ローゼリアは指先で回した。


「綺麗ね」


水面には、流れていく花びらが赤い道を作っている。


「……血みたいだ」


ルカリウスが低く呟く。


血──あの未来にはもう進まない。ローゼリアは呼吸を整えた。


「吸血族らしい表現ね」


「支配の色だ」


──赤は王族の色。


その言い方が少しだけ遠く感じて、ローゼリアは顔を上げる。距離は近い。豪奢な船の上なのに、この空間だけが妙に静かだった。


「ねえ、ルカ」


「なんだ」


「今日は」


少し言葉を探す。


「……恋人でいて」


風が止まる。ルカリウスの瞳が、ほんのわずかに揺れた。


そしてルカリウスは、静かにローゼリアの手を取る。力強く、温かい。


「それは」


低く、短く言う。


「いつもだろ」


その瞬間、花びらが二人の間に落ちた。


赤が揺れる。その色は、まだ運命を知らない花の色だった。──けれど、血はもう知っている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ