表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/74

第53話 境界線


燭台の炎は細く、影だけが大きく揺れている。机の上には三点構造式。中心にローゼリア。左にルカリウス。右にセラフィオン。盤は淡く脈打っていた。


呼ばれている。──そんな錯覚が、理性の背骨を静かに撫でる。


セラフィオンは、ゆっくりと短剣を手に取った。ほんの数滴でいい。式は理論上成立する。


これは救済だ。──そうでなければ、立っていられない。


観測者。補助者。均衡を守る側。 そう在るはずだった。


刃が指先に触れた瞬間、脳裏に浮かんだのは庭園で笑うローゼリアだった。その背に回るルカリウスの腕。穏やかな光。甘い距離。


胸が、わずかに痛む。理性の痛みではない。


「……違う」


低く零す。


何が違うのか、もう言葉にできない。救うためか。近づくためか。切り分けようとした途端に、全部が濁る。


刃が、ほんのわずかに皮膚を裂いた。赤がにじむ。


その瞬間、盤が強く反応した。ローゼリアの波形と、ルカリウスの残滓が同時に揺れる。拒絶ではない。応答だ。


セラフィオンの呼吸が止まる。


まだ式を組み込んでいない。正式な干渉もしていない。


それなのに、血が応えた。拒むどころか、待っていたみたいに。


指先から落ちた一滴が、盤の中央に触れる。


──瞬間。


三点を結ぶ線が、ほんの一瞬だけ完全な円を描いた。


完成。


すぐに消える。


それでも、確かに円は閉じた。


静寂が落ちる。


救済か。それとも──ローゼリアの血が、この血を選んだ証か。


ジュニパーの冷えた香りが、わずかに乱れる。その発想が浮かんだ瞬間、理性が遅れて軋んだ。


気づく音は、いつも遅すぎる。


「……遅すぎた」


低く吐く。


もう、遅い。式は知った。この血を。観測者としてではなく、媒介として。


三点構造は“可能”から“潜在”へ移行した。まだ発動していない。だが次にトリガーが触れた瞬間、完成する。


セラフィオンは指先の血を拭う。その仕草だけが、異様に静かだった。


境界線を越えた。 そう理解した瞬間、理性がまた一歩遅れて軋む。


観測者から──当事者へ。


血はもう、セラフィオンを数式の外へ追い出していた。


そして合理性は、もうその事実から目を逸らせなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ