表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/65

第45話 奪わせない


夕暮れ。医務室の窓から差し込む光は、白ではなく柔らかな橙に変わっていた。色が変わるだけで、同じ部屋が“許された場所”みたいに見えるのが、少しだけ腹立たしかった。


ローゼリアは目を開けている。熱はない。意識もはっきりしている。けれど胸の奥だけが、じわりと熱を持っている。


向かいに立つルカリウスは、何も言わない。壁にもたれたまま、距離を保っている。近づかない。触れない。あの夜の衝動を、まだ覚えているから。


「……どうして離れているの?」


静かな問い。ルカリウスは視線を逸らさない。


「まだ、血が安定してない」


嘘ではない。──理由は、それだけじゃない。


「俺は、あの夜……」


言葉が詰まる。噛みたかった。欲しかった。理性より先に、ローゼリアを求めた。それが怖い。


ローゼリアはゆっくり起き上がる。足を床につける。そのまま、ルカリウスの前まで歩く。


ルカリウスが一瞬、息を止める。


「怖い?」


「……」


否定しない。それが答えだ。ローゼリアは小さく笑う。優しい笑いじゃない。覚悟の笑み。


「奪った……って思うのが、嫌?」


空気が変わる。ルカリウスの瞳が揺れる。赤は出ていない。でも深いところで熱を持つ。


「……俺は、守る側だ」


低い声。


「奪いたくない」


ローゼリアは一歩近づき、ルカリウスの手を取った。そのまま自分の胸元へ導く。鼓動の上へ。


「じゃあ、奪わせない」


囁く。


「私を欲しい?」


ルカリウスの呼吸が乱れる。


「……リア」


翡翠の瞳が、まっすぐ見上げる。一瞬、時間が止まったみたいに静かになる。“カチ”の音が聞こえそうなほど。


「血とか、契約とか……もう」


言いかけて、止まる。


それだけじゃない。けれど、その先を言葉にした瞬間、何かが決定的に変わってしまう気がした。


「……あなたが欲しいの。ルカ」


命令でも懇願でもない。選択だった。


ルカリウスの指が震える。触れているのは布越しなのに、鼓動が伝わる。


ルカリウスはゆっくりと、額をローゼリアに寄せた。噛まない。奪わない。ただ、触れる。


「……俺は、お前を失いたくない」


「ええ」


「だから、血も契約も関係なく」


息が混ざる距離。


「……ずっと俺の隣にいろ」


──告白だった。王族の契約ではない。護衛の誓いでもない。男の言葉。


ローゼリアは微笑む。


「もういるわ」


ローゼリアは、ルカリウスの耳たぶを甘く噛んだ。牙は出ていない。血も出ていない。


でもその瞬間。ふわりと、ダマスクローズがわずかに甘くなる。ベチバーが荒れない。香りが“抗わない”だけで、世界が許されたように錯覚する。


共鳴は起きない。暴走もしない。ただ、静かに血が落ち着く。


遠くで、星読みの盤が微かに揺れる。同調線が、もう一段階深く沈む。


誰も気づかない。けれど血は、覚えている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ