3-2:死から最も遠い場所
あらゆる才能が集う場所。
そこは世界で最も「死」からの距離が遠い場所。
一度調子を崩せば、思考の奔流は止まらない。
べつに講義の内容は考えてあるから構わないけど、俺としては少し嫌というか、不快な気持ちが強いのだ。
今日はサキが魔法学園に入学する日。
俺がやることなんて、ちょっとした取引くらいなものなのに。
「四年かあ・・・!」
移動用に開発した垂直離着陸機の座席で窓の外を見て、目を輝かせながらそう口にするサキ。
レコール魔法学園は四年生の魔法学校で、サキはそこに夏休み終わりの初日に編入してくる転校生という扱いになる。
年齢が合っていて助かった。
飛び級とかはせず、ほぼニュートラルに学園に編入させられる。
「長期休みはあるんだ。
もし帰りたくなったのなら、連絡さえしてくれればいい」
「はい! そうするつもりです!」
元気いっぱいでよろしい。
しかし最低限の試験が用意されている以上、あまりはしゃぎすぎるのも宜しくはない。
水を差すようで申し訳ないけど・・・流れで混ぜれば大丈夫か。
「三時間程度のフライトだ。
景色を楽しむのも構わないが、体力は温存しておけよ」
「大丈夫です。試験の内容はバッチリなので」
「そう。ならいい」
前日も俺が用意した課題をきちんとクリアしていたし、懸念が少ないと言えば確かにその通り。
こういう場合、大抵が杞憂で終わるものだ。
しかし、かといって「安心だ」とはならない。
見守る側というのはそういうものだと相場が決まっている。
「過保護だね。きみは」
「心配なんだよ。悪いか」
「いいや?」
相も変わらずティアは俺をからかうことに余念がない。
過保護ぎみになってしまうのはもう俺の手癖だし、一度そうしてきたのならば貫き通す他ないだろう。
ぶっちゃけた話、具体的なプランニングが決まらなかった時のために「私兵」なんて役職を用意した時点で、見守る見守らない以前の問題だったのだろうけど。
「でも、体力を温存しておくべきって言葉には同意かな。
設立から日が浅いとはいえ、エリート校という体だし」
ティアの言う通り、レコール魔法学園は共和国きってのエリートが集まる魔法学校という立ち位置になっている。
身分を問わない土壌はぶっちゃけどうでもよくて、事の本質は層の分厚さ。
現状のサキだと、学園内の上澄みにはきっと勝てない。
「・・・実力は確かにある。俺はそう保証できる」
「あとは、それをどう使うか・・・だね」
とはいえ、並の転生者なら転がせる程度の実力はある。
ティアの言う通り「どう使うか」が問題になるけど。
でも「自分の実力を隠す」という方向には使わないように言ってあるし、どうせならドカンと有名になって欲しいもの。
その辺は本人の意思次第だが。
「何か・・・抱負みたいなものはあるか?」
目標を作るために行くのに抱負を聞くのも変な気はするものの、なんとなく聞いてみたかったので話題を振ってみる。
するとサキは首を傾げ、かなり真面目に悩み始めた。
そんな重く捉えなくてもいいのになと思いつつ、言葉を待つ。
「・・・・・とにかく、やりたいことを見つけたいです。
それと、たくさん友達も作りたいなって思います」
本心か否か、とても健全で輝かしい目標が飛び出してきた。
これはサングラスが必要なほどだ。
素晴らしく健全、俺が心配する要素なんてどこにもない。
「・・・頑張れ。応援してる」
出会った時から生きることに前向きな少女だったのだ。
このくらい輝いていないと、物足りないというものだろう。
〇 〇 〇
それからちょうど三時間。
共和国に入るなり、なんかちょっと怪しげな魔力がサキに降り掛かったのを消し飛ばしつつ、予定通りの時間で到着。
途中からサキは爆睡、俺がずっと思考を回している横で、ティアは俺がフリーにしていた左手をいじくり回して俺の反応を楽しんでいた。
「マスター、そろそろ着陸します」
「はいよ。サキ起こすわ・・・」
ニアからの通知に返事をしながら、俺は右手に握っていた魔道具を収納して前屈みになり、サキの肩を揺らす。
寝顔がとんでもなく可愛いのが惜しいことだが、起こさなければ始まらないのだから仕方ない。
これで暫く見れないと思うと、ちょっと寂しかったり。
絶対に言わないけど。
「あれ・・・グレイアさま」
「着いたぞ。準備しな」
「はい・・・・・」
寝起きでふにゃふにゃしているサキ。
頭を撫でると、猫のように目を瞑って大人しくなる。
ただまあ、サキを起こすタイミングが遅すぎたか。
もう少し時間がかかりそうだ。
「じゃあ先降りてていい?」
「迎えあるぞたぶん」
「大丈夫。私の方がいいでしょ、こういうの」
ならばとティアは先に降り、外に・・・魔力反応からして五人ほど待機している迎えの相手をしてくれる。
まあ、そう急かすものでもない。
時間に余裕を持たせてきたんだ。
少しくらいなら問題にはならない。
「・・・大丈夫か?」
「はい。ちょっと・・・眠い、ですけど」
ぐぐっと伸びをしたサキは、マイペースに呼吸を整えてから太ももをぱちんと叩くと、俺の方をぱっと向いて真面目な表情を見せてきた。
調子がいいというアピールなのか、どうしようもなく撫で回したくなってくる。
「・・・行けます」
「よし、じゃあ行こう。ニアは誘導員の指示に従ってくれ」
「はい。タイミングを見計らって合流します、マスター」
やる気マックスのサキが降りたのを確認してから、俺はニアに命令を出して飛行機を降りた。
すると地面に立つなり目の前のホテルマンみたいな人が恭しく頭を下げ、それに続いて周りの四人も頭を下げる。
「ようこそお越しくださいました。虚無の寵愛者様」
「・・・世話になるな」
上っ面が何層にも積み重なった土壌、この感覚は久しぶりだ。
とてつもなく居心地が悪いこの感覚は、それこそ滅多に感じ取れるものじゃない。
人の顔や声色に疎い俺ですら把握できるほど。
下心を隠さないスタンスは評価したいくらい。
「サキ様はこちらへ。御二方は学園長がお呼びです」
「了解した・・・」
ただ、こういうふうに余計なやり取りを挟まずに結論に直行してくれるスタンスは有難いと思っている。
あの外交官、俺があからさまに嫌な顔をしていた理由をきちんと理解してくれていたらしい。
「サキ、頑張れよ」
「頑張ってね」
「はい!」
応援の言葉をかけてやると、サキは笑顔で返事をして、案内役の三名について行った。
俺たちはそれを見送ってサキが見えなくなったあたりで、ようやく案内役の二名に声をかける。
なんか案内役の人、微笑みを隠しきれていないが。
「それじゃあ、連れて行ってくれ」
「承知しました。それでは足元にお気をつけて」
警告とともに、僅かに光ったのは地面の模様。
装飾に意味を持たせるとは流石の魔法学校と思いながら、なんとなく魔力の雰囲気を見て使用されている魔法を当てようと試みるが難しい。
色々な魔法が組み合わさっていて、発動中に妨害されたら大変なことになりそうだ。
しかし便利なことは確実。
一瞬で大きな建物前まで行けたし。
「・・・テレポーターか。便利だな」
「はい。弊学は各教員、各生徒に紐付けされた魔力反応を用いたテレポーター装置を取り入れております。
原理としてはネームドリストの仕様を参考にしており、インフラ設備として導入したのは弊学が初となります」
何の気なしに呟いた言葉に、案内役は嬉々として長々とした説明を付け足してくる。
移動中は暇だから構わないとして、ネームドリストの仕様を参考ということは、転生者絡みの理論なのだろうか。
登録された魔力の反応を逆算して通知可能なネームドリストのシステムは、あまり詳しく調べてはいないが、転生者が開発した技術であるということだけは知っている。
実用化されていないということは、あくまでネームドリストのシステムを参考にしたというだけで、テレポーターの開発に転生者は絡んでいないと見るのが自然なはず。
だとすれば、不安なところはセキュリティ周りだろうか。
たぶん答えてくれないだろうけど。
「セキュリティはどうなってる?」
「申し訳ありませんが、教員の立場としては『わからない』と答えるのが適当だと判断します。
テレポーター装置のシステムは完全にブラックボックス化されており、弊学で構造を把握できるのは許可された数名だけなのです」
ちょっと引っかかる内容がありつつも、概ね回答は予想通り。
安心できる回答でもあるから、そこまで警戒する必要はない。
「到着しました。中で学園長がお待ちです」
「案内ありがとう」
礼を言いながら、案内役が開けた扉をくぐって接待用の部屋か何かに入ったところ、俺がすぐに感じたのは露骨すぎる好奇の目。
学者というか、知識を欲する人間特有の視線とでも言うべきか。
俺という個人に畏怖するのではない、付き添いのティアを含めた「フェアリア王国現王室夫妻」に対する視線だ。
非常に粘っこい、しかし鋭く尖った視線。
もはや、ここまで来ると清々しいなと思えるほどの。
「少しは・・・隠す努力をしないのか?」
「おお失敬。儂としたことが、つい興奮してしまったかの」
真ん中に座る、真っ白で長い髭につるっぱげの頭を光らせている老人は、髭を撫でながら視線を俺の瞳に合わせた。
隠す気なんてさらさらない、言われたら言われたで開き直る、第一印象があまりにも「ジジイ」すぎる老人。
名前は調べているから、一応は知っている。
案内された通りに対面のソファに座りながら、俺は心境を表情に出すことを厭わず、隠さないままで口を開く。
「魔法についての興味・・・・・本命は俺とティアか」
「ご名答じゃが、今更気がついたようではのう」
向こうさんも自分が抱いている気持ちを隠さない。
作られた外面かもしれない、なんて懸念は捨ててやる。
意図的にせよ、そうでないにせよ、俺はこういう意地悪な人間との会話は嫌いじゃない。
無駄に逃げる輩よりは何百倍もやりやすいだろう。
「なら、サキについてはどうだ。ヴォルト・デザン学園長」
「虚無の寵愛者に世界樹の王、その二人が認めた子供だと言うのなら・・・儂は人事部に『入学』以外の選択肢を取らせはせんよ」
雰囲気からして嘘をついているような気はしない。
あるいは、こうして疑う姿が面白くてたまらないのか。
学園長は俺を見つめ、ニタニタと笑みを浮かべて言葉を続ける。
「一部の間抜けは『賭け』などと宣ったがの。
なぁにが悲しくて答えが決まっとる賭けをせにゃいかんのだと」
ふと、馬鹿みたいな台詞に足がすくわれたような気がした。
自由で掴みどころのない、元気いっぱいで痩せこけた古狸。
この老人を構成している要素はそれだけだというのに、どうしてこうも大きく見えるのか。
「そうは思わんか? 世界樹の王よ。
まさかお前さんまで来訪するとは思わなんだ。てっきり、かの一族はフェアリアから離れないとばかり思っておったが」
「事情が変わったし、それでも今回は例外。
私と彼のフットワークが軽いのは認めるけど、どんな出来事でも通るような『当然』にはならない」
ティアはどこか冷たいまま、あまり喋りたくはないらしい。
表情は見ていないが、声色でなんとなくわかる。
不機嫌、というか「面倒くさいなあ」と思っている時の声だ。
「っほほ・・・」
「ツボが浅いなあんた・・・・・」
「いやなに、いつの時代も若造が必死に背伸びをしている姿を見るのは素晴らしい娯楽になり得るものよ」
学園長の言葉はやはり軽く、意地悪な物言いもしてくる。
たぶん、ピリピリしている時の俺たちなら真っ向から異論を唱えるような、そんな物言い。
だけど不思議と嫌な気分にはなっていないのだ。
言葉が悪くとも、後ろに何かがあると分かるのか。
わからないが、知りたいと思える。
「・・・さて、虚無の寵愛者に世界樹の王よ。
儂は見ての通り権力者じゃが、すんばらしい権利がある代わりに、やらねばならん仕事というのもあってのう」
変わらず掴みどころのない物言いをする学園長の言葉を大人しく聞いていたところ、なんだか表情と仕草が僅かに変わったように見えた。
これから真面目な話をするぞという合図だろうか、黙って話を聞けとの忠告なのか。
「なに、形式的なものよ。お前さんらが簡単な答えを口にしてくれるだけで、議会の腐れ脳ミソどもは納得する」
長々と説明してくれるところも含めて、悪い人ではないと思う。
ただ意地悪なだけであれば、こんなに丁寧な説明はしてくれない。
「お前さんらは正義の寵愛者に協力しておったな。
二人して協議に出席し、虚無の寵愛者に至っては『虚無の荘厳を見上げる会』などという組織を用いて介入したと」
それに、自分で見る以上に「はたから見たらそう判断されるのか」という材料も手に入る。
なんというか、この人はたぶん「消費」しているだけじゃない。
国の威信をかけた学園の学園長を任されるだけの、それだけの働きができる人間なのだと思う。
とんでもない狸爺なのは愛嬌なのかも。
「応えろ。アレは一体、何を目指している」
もはや慣れ親しんだ感覚。
威圧感、刺すような視線、体が告げる危険信号。
でも、いつからかこれを「危険」だとは思わなくなった。
焦燥はなく、押しつぶされるような感覚もしない。
ただ、セオリー通りに答えるのが癪だと、俺のエゴが荒ぶる。
「・・・言葉を選ばずに言うのなら、圧倒的な力。
あんたの言う『腐れ脳ミソ』どもは恐れてるだろ?
俺やティアみたいな『個』と、あいつが抱える『数』を」
そのまま伝えたって構わない。
いずれ知られることなのだから。
そして、知られたところで対策はできない。
転生者の格が地に落ちるよりもずっと前から、あいつは「正義の寵愛者」であり「正義の英雄」だったのだ。
俺と同じかそれ以上に、あいつの「格」を落とすことは難しい。
不可能だと断言しても差し支えないほどに。
「そう、すんばらしい権力で、必要な仕事をするだけだ。
ノブレス・オブリージュ。簡単なことだろ」
べつに俺は義務だなんて思っていないし、あいつもたぶん「強者ゆえの義務」だなんて思っていない。
根幹は「自分がやりたいと思ったからやる」という、誰の価値観によっても揺るがすことのできない指針だ。
ひとつの嘘を除いて、説明にはなんの間違いもない。
「・・・・・」
沈黙し、視線は合わさったまま。
学園長はたぶん、俺の嘘を簡単に見抜くことだろう。
でも、見抜かれたところで問題ない嘘をついた。
見抜いたら面白いと思えるような嘘をついた。
俺の勘が告げている。
このジジイに気に入られて損は無いと。
「っほほ! こりゃ面白いことを考えよる!」
俺の意思のどこを拾ったのか、学園長は満足そうに笑った。
面白い、という言葉が何を指すのかはわからない。
でも、そう思えてもらえたのなら、思わせることができたのなら、例えそれが嘘であろうとも、口にさえさせてしまえば俺の勝ち。
魅力的に映ったのなら、それでいい。
「・・・調べりゃわかるだろうに」
「お前さんが思っているほど、ここの諜報組織は有能ではないわ」
少し気になったところを遠回しに聞きつつ、俺は視線を少しずらして学園長から外した。
視界の端でティアを捉えるように視線を動かすと、学園長は微笑みを浮かべ、長い髭を撫でながら語り出す。
「しかし、まさか転生者が廃れゆく世で『数』を取るとは。
茨の道とはよく言ったものよ。簡単な道ではあるまいに」
「最初から茨の道なんだよ。俺もあいつも」
学園長の言葉に対して自然に出ていたセリフは、自分で聞いたってどうしようもなく青臭くて、諦観に満ちたものだった。
でも、それだけに本心だと本能で理解している。
そのうえで、この男の前で不幸アピールをするのは、なんだか違うのではないかと思ってしまった。
隠したい、僅かにでも思ってしまった焦燥を隠しながら、俺は話を次に進めようと口を開く。
「・・・それで、あんたが聞きたいことはそれで終わりか?」
「老人の好奇心を舐めるでないわ」
元気な狸爺すぎるな、これは。
餌に飛びついたふりなのか、それとも本当に飛びついているのかがわからないのが怖いところだが、気にしないように務める。
「儂の気が済むまでじっくり───」
学園長が言葉を続けたその時、彼の言葉を遮るようにアラームのような音が鳴った。
音が聞こえる先は学園長の耳元。
何らかの魔道具、或いは魔法の類。
「なんじゃ騒々しい。連絡なら後にせいと・・・」
耳に手を当てて不機嫌そうな表情の学園長は、大人しく連絡してきた側の言葉に耳を傾けた。
そうして沈黙が流れること十数秒。
端的な報告か、その内容に何らかの興味深い点があったようで、学園長はニタリと笑う。
「ほう?」
何故か寒気がしたし、こういう時の嫌な予感は確実に当たる。
ちょっと警戒しながら、俺は次の言葉を待つ。
「お前さんら、とんでもない事になったぞ」
さらに不安になる言葉が飛び出してきて、嫌な予感が強まった。
しかし、ここまで来るとパターン、というかありそうな線はなんとなく読めている。
「編入生の試験中にシミュレータが暴走したそうでな。
編入生がひとり、サキという少女が閉じ込められている・・・と」
やっぱりそうだった。
サキに何かがあった、そうなる可能性はあったのだ。
「・・・・・」
もう、なんというか言葉が出なかった。
それでも動揺が少ししか無かったのは、たぶんサキの運命力というか、幸運みたいなものがあるからだと思う。
あいつはあのクソみたいな状況で俺と出会えた。
だから、きっと今回も大丈夫。
相手次第ではあるが、恐らくは。
そう願いたい。
サキで別作品やろうかと考えてます。
投稿がいつになるかはわかりませんが。




