3-3:果てしない運命力
彼女を包むのは、正しく神のごとき幸運。
否、数多の仏による祈りの結晶。
魔力駆動式人型戦闘モジュールE型。
オートマトンE型の相性で親しまれる当該機体は、魔力を用いた戦闘において初心者が躓きがちな近接戦闘分野の教育に使われる、教育機関向けの戦闘用人型機体である。
この機体は使用者が手入力をすることで行動ロジックと攻撃手段をカスタマイズすることが可能であり、これを利用して戦闘分野においての試験から学生の卒業作品にまで、幅広いシチュエーションで活躍している。
それが今、原因不明のエラーによって暴走した。
まるで示し合わせたかのようなタイミングで、サキただひとりを訓練場に閉じ込め、オートマトンは起動。
卒業制作の作業の名残としてメモリに残留していた、かつてのグレイアを模した行動ロジックが呼び起こされ、オートマトンの刃はサキに向けられた。
「・・・・・」
しかし、彼女は至って冷静である。
向けられる刃は単純明快、どこまでも真っ直ぐで正確。
戦闘ロジックとオートマトンの性能との兼ね合いで機動力も低く、爆発的な加速も、空を飛ぶような機動もできない。
そのうえ、そもそも参考にされているグレイアのデータは一年前のもの。
仮に当時のグレイアの実力を百パーセント引き出せたとしても、現状のサキには遠く及ばない。
ゆえに、彼女にとって今この場の状況とは、取るに足らない人型の魔物とエンドレスで訓練をさせられるような、そんな状況に等しいと言えるだろう。
救出まで先が見えないなどと、普通なら考える。
だが、彼女は違った。
そう育てられた。
(少し後手が多い。カウンターを重視しているのかな?)
空中で移動と分析をしながらナイフを構え、目下のオートマトンに対して突き出したサキは、放出した魔力がオートマトンをすり抜けて地面に着弾したのを確認するなり、すぐさま姿勢を反転させると同時にほんの少しだけ上向きにナイフを防御姿勢で構えて待機。
すると同時か少し遅れたくらいのタイミングで彼女の刃にかち合うように突っ込んでくるオートマトンは、空中にバリアを展開して踏ん張るサキの横っ腹を狙って蹴りを繰り出すが───姿勢制御によって重心が崩れることで鍔迫り合いの状態から離脱したサキに浮いている方の脚を捕まれて背負い投げをされ、地面に直滑降。
受身をしながら地面を滑るオートマトンは、懐に潜り込んできたサキが差し込んできた下段からの一閃を軽くいなし、そのまま肩から脇腹までを切り裂くような斬撃を繰り出したところでサキが「物体を空中で掴む魔法」を左手で発動することでこれを阻止。
サキは攻撃手段を失ったオートマトンの肩部に逆手持ちにしたナイフを突き刺して魔力を流し込み、左手の魔法は維持したまま、魔力を込めた右足でオートマトンの腹部を全力で蹴り飛ばす。
これにより、オートマトンの右肘は破壊。
サキの手元にはオートマトンの右前腕と無機質な刃が残ったが、彼女は使うことなく地面に捨て置く。
(格闘能力も低め。でも、魔力量は多め?
機械と戦ったことはないし、よくわからない・・・)
依然としてオートマトンは健在。
だが、明らかにダメージは入っている。
血が出ずとも、欠損することさえ理解できれば問題はない。
それこそ、彼女を鍛えた二人の師が叩き込んだ、殺し合いの基本。
(でも・・・こうすれば一緒なはず)
彼女が両手で握った、二つの魔法。
それは彼女にとっての戦術の師、グレイアが最も得意とする戦術であり、それをサキでも扱えるように変化させた戦闘の師、ティアが少し苦手だと苦笑する戦術。
オートマトンが機体制御を取り戻し、立ち上がり、駆け出した瞬間のこと。
彼女はそのタイミングを見計らい、予め突き刺しておいたアンカーを頼りに、魔力を爆発させる。
「エクスプロージョン」
冷徹な詠唱、それと同時に弾けたのはオートマトンの左肩部。
右半身に続く左半身への衝撃に一瞬固まった隙を彼女が見逃すことはなく、続いて発動した瞬間移動魔法によって左肩部のナイフに手をかけたサキは、そのままナイフを引き抜いたうえでオートマトンの首に刃を一閃。
そしてオートマトンの背中を蹴り飛ばし、首と胴を切り離してやると、距離を取るように滑りながらナイフを構えて静止。
視線はオートマトンに向けたまま、魔力の動きを探る。
(死なないし、魔力総量も変わらない。変な感覚かも)
首と右腕が機能しなくなっても尚、平気な様子で立ち上がってくるオートマトンに筆舌に尽くし難い感覚を覚えながらも、サキは状況から最適解を弾き出し、ナイフの刃の先を摘んで構えた。
そして、オートマトンの姿勢がゆらめき、駆け出した瞬間に彼女はこれを振りかぶり───近接戦闘をするうえで、自分なら最も嫌だと思える場所に向けて投擲。
無論、オートマトンはこれを難なく回避する。
しかし次の瞬間、オートマトンの腹を捉えたのはサキのピンと張った両足、つまりは運動エネルギー全てがぶつかるドロップキック。
これにより吹き飛んでいくのも束の間、姿勢を反転させたサキは空中に展開したバリアを跳弾を彷彿とさせる軌道で乗り継いでいき、オートマトンが吹っ飛んでいく軌道上に到達。
機体がサキの肉体に衝突する前に、彼女が両手を突き出して練り上げた魔力の光がオートマトンを受け止め、その機体をさらに反対方向へと押し出していく。
「ドゥル・ハイト」
詠唱により解き放たれた魔力のエネルギーはそのまま太い一本のビームとしてオートマトンを捉え、閉鎖された試験ドームの反対方向の壁まで機体を吹き飛ばした。
家数軒くらいなら軽く吹き飛ばせそうな爆発が巻き起こり、オートマトンは確実に破壊されたかと思われるが───サキは依然として警戒を怠ることはなく、瞬間移動魔法を使って急接近すると、右手を機体に向け、胴体を貫こうと魔力を練り上げる。
(これで動かなくなるといいけど───)
面倒だと、彼女がそう考えた次の瞬間だった。
オートマトンの機体が鈍く煌めき、光を放つとともに魔力の奔流が機体を包み込む。
「まず・・・」
すぐに後ろに跳んで距離を離したサキは、さっきまで自分がいた場所を含め、オートマトンを軸に半径五メートルほどの範囲に強烈な魔力のジャミング効果が現れていることに気がつく。
そして、その魔力の奔流の中心から立ち上がる、首と両腕がもげたオートマトンの姿にも。
(・・・しつこい)
いっそのこと、もう一度あの師匠の魔法で吹き飛ばしてしまおうかと彼女が思考を放り投げようとしたその時、閉鎖されていたはずの試験ドームの入口が爆音とともに開け放たれた。
それと同時に、計七人ほどの男女が侵入してくることも、彼女はなんとなく察していた。
だが彼女は依然として、どれだけボロボロになっていようとも、あのオートマトンから目を背けはしない。
そんな中、一人の青年が彼女の隣に立ち、口を開く。
「これは君がやったのか?」
「はい」
声をかけても返事しかせず、顔を向けないサキ。
青年は彼女の異様さに少しの違和感を覚えながら、オートマトン研究部から渡された停止スイッチを右手で起動し、オートマトンの動作を強制的に停止させた。
頭は綺麗に切り飛ばされ、右腕は肘より先がちぎり取られ、左腕は肩から先がもげている。
おおよそ編入試験で起こった破壊とは思えない状況に青年は息を呑むも、サキが自分の方を向いていると気づき、視線を合わせた。
「・・・つまり、暴走したアレを完封したと」
「はい。そうです」
寸分の迷いもない、ほぼノータイムでの肯定。
それと同時に彼女が纏っていた魔力も霧散したが、青年は依然として状況を完全には飲み込めずにいた。
ここまでボロボロになったオートマトンに対して、一年生だというのに外傷がなさすぎる少女の姿に、彼は困惑を隠せない。
「・・・とんでもない新入生じゃないか。名前は?」
「ユリノ サキといいます」
「そう・・・か。私は風紀委員のリグルー・ロネットだ。よろしく頼む」
「はい。よろしくお願いします」
ひたすらにフラットな言葉と態度、己の配慮が必要なのかどうかわからない状況に、リグルー・ロネット───愛称でリグと呼ばれている青年は、その目を僅かに泳がせる。
何度見しただろうか、果てしない困惑の中で。
しかし役職上言わねばならないと、建前を述べようと口を開く。
「先ずは事情聴取、と言いたいところだが・・・」
「構いませんよ。体力もあまり消耗していないので」
「・・・驚いた」
それなのに、返ってきた言葉が「配慮はいらない」という断言だと言うのだから、リグは果てしなく驚いた。
彼は風紀委員の副委員長、つまり超エリートである。
暴走したオートマトンの情報も、ある程度は知っているのだ。
そのうえで「体力の消耗なし」と言われれば、それはもう驚くことしかできないだろう。
「仮にも卒業制作の代物を相手に消耗なしとは。有望株だな君は」
これはオートマトン研究部の四年生が手がける、言うなれば卒論のようなものであり、相応の危険を孕む代物。
当の四年生ですら細心の注意を払い、怪我をしないようにと配慮しながら扱い、暴走にビクつくものを、とてつもない背景ありとはいえ一年の編入生が完封してしまったのだ。
そのうえで謙遜するでも逃げようとするでもない、どことなく漂う強者の雰囲気。
気圧されないわけがない。
「虚無の寵愛者の秘蔵っ子・・・らしいですよ、私は」
「君、その言葉をよく知らずに使っているだろう」
「困ったらそう言えばいいと言われているので・・・」
挙句の果てには建前を隠さないときたものだ。
対応しなければならない彼にとって、サキはどうにも、やりやすいのかやりにくいのか判別つかない相手だろう。
「あまり強くなかったおかげで、無傷での待機ができました。
助けが来ない状況にも慣れていたので、精神的な消耗も」
「なかった・・・と。面白いな、君は」
修飾も謙遜もせずに事実のみを述べるサキの姿に、リグはようやく彼女が「外れ値」の類いであると納得した。
困惑することは時間の無駄、相手は理解の範疇にはいないのだと。
そう理解した途端、彼の思考はふっと軽くなる。
「・・・わかった。なら場所を変えよう」
無論、その理由は不要なものを捨て去ってしまったからだ。
最低限の礼儀さえあれば問題はないと、ぶっちゃけ風紀委員としては最低レベルの対応であっても、この少女は問題ない。
「かのグレイア・ベイセルのお弟子さまに立ち話をさせるわけにはいかないのでね。可能であれば、ご同行願うよ」
「はい。わかりました」
何故なら、視座というものが一般人とは異なるから。
キリキリと痛む胃袋に見ないふりを決め込みながら、リグはオートマトンの残骸に群がるオートマトン研究部の面々を尻目に、サキを連れて歩き出す。
いっそのこと、彼女を風紀委員に入れてしまおうかと。
そんなことを考えながら。
▽ ▽ ▽
「つまり?」
一方、グレイアは荒れていた。
原因はもちろん「不足の事態」という状況そのものが、彼自身の恐怖を想起させ、ありとあらゆる可能性を考えてしまったため。
理性では問題ないと理解しつつも、彼は学園長を威圧する。
「正義の寵愛者と相対した際のお前さんの戦闘ロジックを模倣したオートマトンを壊した、ということになるかの」
「・・・だいたい一年前の俺か」
ここで安心するのも変な話ではあるが、彼は他の誰よりも、よっぽど自分の「強さ」というものを理解している人間だ。
現状の彼にとって一年前の自分とは、強さという面においては取るに足らない木っ端の転生者と同義であり、どう頑張っても脅威であるとは判定されない。
「・・・・・よかった」
それゆえに、ほっと胸を撫で下ろした。
過去の自分が打ち破られたという、本来なら喜ぶべきイベントをすっ飛ばして。
「もしかしたら無傷かもね。今のサキなら」
「だとしてもだ・・・」
ティアが「過去の自分に勝った」という要素を意識させようとしても、彼は依然として「負ける可能性」にフォーカスし続ける。
それはひとえに「相手の強さ」という面だけでなく、過去の自分が有していた「可能性」に触発される、いわれのない不安感。
つまりは杞憂そのもの。
「いくら殺意を抱いていなかった頃とはいえ、転生者の戦闘ロジックが相手だったことに変わりはない。
あの程度なら勝てると・・・わかっちゃいるが」
彼自身、一年前の自分の強さを正確には理解していない。
気にかけるほどの強さではないという、ある種のドライすぎる感覚のみで判断している。
だからか、学園長は彼の物言いに少し引っかかったような反応を見せた。
「興味深いことを言うのう。あの程度・・・とは?」
いくら過去とはいえ、自分とはいえ、仮にも「正義の寵愛者に勝利した」として強さに箔がついたタイミングに対しての言葉。
若造にしたって生き急ぎすぎている、感傷など一ミリもない、完全に「命の奪い合い」に染まりきった思考回路。
そこから導き出される最悪の予測を、グレイアという男は軽く飛び越え、斜め上の回答を垂れ流す。
「並の転生者ならって話だ。どれだけ未熟だとしても、その辺のカスに負けるような鍛え方はしていない」
重要なのは初手、強いと判定された頃の自分すらも「並の転生者」と同列に扱う、その病的なまでの割り切りの良さ。
鍛え方についての厳しい文言など、どうだっていい。
「それに、元から『助けが来ない状況』には慣れていた。
この程度のトラブルなら、あいつは無傷で突破できる」
続く言葉は信頼に満ちたもので、表情は固く、厳しいまま。
あくまで前提、評価の根底にある要素でしかないと言わんばかりに、彼は息を吸い、睨む。
「・・・それでも、あいつは子供なんだ。守られるべき存在なんだ」
そして、グレイアは確かな怒りを以て学園長に言葉をぶつけた。
自分が欲しかったものを、得られなかったものを、今度こそ失わせてなるものかと。
「・・・・・原因究明を急げよ、学園長。
未来ある学生に、余計な重荷を背負わせないようにな」
嫉妬と羨望に満ちた眼差しで、彼は大きな釘を打ち付ける。
死から最も遠い場所で、安全に過ごせるようにという祈念を。




