第二章第五十話「兎は飛べない跳ねるもの」
「沿岸都市……、もしかして4ヶ月前に襲撃された都市って……、港?」
「……いや、その都市自体は港じゃないけど。確かに、そこからすぐ近くには港が沢山ある、これってもしかして……」
「『観測知性』は港に移動して、海に出たのかも?」
「そしてー、海に出たから、移動出来なくなった……、って事ですかね?」
そうしてまず初めに口を開いた紅葉に続いて、鴉亜、祇祁、瑠璃の順にそれぞれ観測知性が4ヶ月もの間、襲撃を止めた理由を推論して話だし、最後にライベリーが、その推論を裏付ける、決定的な一言を付け加える。
「そういえばあいつ……、戦闘中もずっと地面を飛び跳ねてて、空、飛びませんでしたねぇ……。おかげでせっかくのガンランス装備が無駄になりましたしぃ?」
これはこの世界では常識的な事だが、ガンランスは大抵の場合、槍と大砲の機能の他に、砲口からエネルギー波を放つ事でスラスターとしても使える高速対空飛翔兵器である。
そして、その最適戦闘範囲は、主に高空より低空、特に、高層建築群が立ち並ぶ市街地での小回りを利かせた高速機動戦を得意とする。
『観測知性』の戦闘能力が全く判明していなかった当初、ライベリーはこのガンランスを、敵が攻撃の激しい陸から空に逃れようとした際に叩き落すつもりで部下のギャルみスノーエルフから借りていたのだが……、ライベリーの証言に一致する様に、記録映像を見ても、先程の戦闘で、そのガンランスが対空用に使われた様子は、一切無い。
それだけでなく、確実に飛行能力があると思われる魔導師や魔法少女、鳥人等の有翼種の面々も、自身は低空を飛んでいても、一様に地面に対して攻撃しており、空中戦の類は一切行われていない事もわかる。
そう、つまり、あの兎、『観測知性』は、空が飛べないのである。
更に、そこから今までの情報で推測できる事もある。
「え、何? 空が飛べなくて、海に出ると移動も出来なくなる……? って事は、あれ? あいつ、もしかして泳げないの……?」
「む、一考の余地はあるかも。次元の狭間への移動は創誓世界自体の偶発的な時空の歪みを使ってるみたいだから高度はランダムだろうけど、この戦闘だと瞬間移動で高空に逃げた様な様子は無いし、高くても10m前後。だとしたら、だいたい1.5秒ぐらいで地面に付くし、紅葉が言ってたみたいにラグが2秒もあるなら、その差の間に沈んで、再瞬間移動出来なくなるのかも……? 特に空間系の術式は高度な計算が必要だから、少しでも思考が乱れると使えなくなるしね」
そうして、鴉亜と祇祁は『観測知性』の弱点を探り当てるが、この世界の常識にまだまだ疎い紅葉は、それが正しい事は話を聞いて理解しつつも、その他の範囲の事で、その計算を常世界の計算式に当て嵌め、疑問の声を漏らす。
「ん、いや待って? でも仮に海路で移動が出来なくなってたとしても、普通、船って途中で他の港とかに補給に寄ったりするもんなんじゃないの?」
その疑問は、常世界においては至極真っ当な疑問だが、そもそもの地力が常世界とは比べ物にならない程の高水準で固められている創誓世界にはあまり当て嵌まらない。
「うん? 大抵の船舶は数年程度の無補給航行を想定して運用されてる筈だから、4ヶ月程度の無補給移動はよくある事だと思うけど……。まぁ、だからと言って常に長期間の無補給移動を行うわけじゃないし、その疑問はもっともかもね?」
この世界は元より極めて広い。その為、海洋を行く船舶などは、不測の事態にも備えて初めから超長期の無補給航行を想定して運行されているのだ。
祇祁はその事を紅葉に教えつつ、しかし、確かにそうした補給の懸念は認めて、自身がその懸念を考慮に入れなかった、この国の法律的な理由を述べる。
「でも、この国、緋煉は自国民からは税金取ってないけど、他国の船、特に貿易船からは多量の噸税毟り取ってるから、少なくとも緋煉の港で外国船が補給しようとする事はまずないと思うよ? 港に入るだけで赤字になっちゃう」
(! 噸税……、そういえば初めに役所でもそんな事言ってたな……)
緋煉皇国は企業型国家である為、内需顧客である国民からは税金を取る事は無いが、国内経済の安定も兼ねて、外国からは税金を取る。そうした話。
そして、その税金は常世界のものと比べれば極めて高く、外国船はほぼ補給の為には、緋練の港は利用できない状況になっているのだという。
そうした事情に、祇祁は「逆に緋煉の船ならこんな辺境の港を使う事はほぼ無いだろうし、この辺りから出航した船で緋煉のものは無いだろうしね♪」と、地域的な事情をも付け加える。
「なるほど……」
そうして、そうした細かな事情を紅葉が理解した所で、先んじて全てを理解して情報の精査をしていたライベリーと鴉亜が、空気を呼んだかの様に口を開く。
「ふむ、この街での襲撃は昨日の夜からでしたのでぇ……、その時禊祓に入った外国船で最終補給がこの沿岸の港の、今から4ヶ月前に出航した船はぁーと……、結構ありますねぇ……」
「禊祓は船の出入りも激しいもんね……」
そうして、何時の間にやら多数の船の航路が記されていた模型の縮尺図を見るに、数万隻の船がその時間帯だけで禊祓の契ヶ池軍港に入港していた。
「ふむ、契ヶ池の軍港……。外国船が入港出来る港は禊祓にはここだけなんですね。確かに、その時間にこの場所に入って来たのだとしたら、契ヶ池の湖岸沿いにある綾夢荘の最上階にいた私と紅葉さんは最も近くにいた標的になる、と……」
その船の航路から改めて状況を分析する為に瑠璃が言葉をこぼすが、だいたいの航路がわかってしまえば、後の情報はあまり重要ではない為、鴉亜が船の情報だけを制御コンソールに移し、こちらの黒板裏にもあった電光画面を起動して、その船の航路上の河川状況を精査する。
「この際、どの船があれを運んで来たのかは問題じゃないし……、船の運航ルートから使用された河川を調べて、その水路内で一番狭い場所を割り出せば……」
その川幅から、少なくとも『観測知性』が転移する事の出来ない距離がわかる。
「あった、川幅、直線1000km。人工掘削河川、貿易用水路として使用する為に船舶用の最低水路幅まで拡張工事した場所だ……! ここなら何か特殊な地形って訳でもないから『観測知性』の移動範囲限界の裏付けになる……!」
そうして、現状データから『観測知性』の瞬間移動範囲限界を見つけ出した鴉亜は素直に喜び、他の面々も『観測知性』対策の一端を得る事が出来た事から、妙に楽し気な表情を浮かべる中、紅葉は確かに対策が立った事に喜びながらも、模型に映し出された感覚的にわかる地図を見て、内心は少し神妙になる。
(……最低水路幅にまで拡張された河川……。航路とされている河川では、何処もここより広い川幅を持つ、か……。って事は……、この国、基本的に単なる運送用の河川の川幅が、だいたい全部1000km以上ある、って事だよね……)
それは、紅葉の知る常世界の常識としては……、あまりにも広すぎるのだ。
(とんでもない世界だとは思ってたけど……、ね……)




