第二章第四十七話「生死概念etc.」
「勿論、実力不足にも関わらずに戦いに行って無駄死にするようなら、それは逆に不名誉だし、戦略的撤退は常に視野に入れておくべきだけどね♪」
そうして、にこやかに話す祇祁は、そうした復活の話を当然の様に扱っており、なんだか死んでも生き返る前提で話が続けられるが、それは彼女達には自然な事でも、紅葉的には極めて不自然な事である為、紅葉は思わず疑問を挟む。
(確かに冥府とか簡単に出て来て、生き返りの話も聞いてたけども……! その話の中でヤィヴュミもバックアップ取ってるとかも言ってたけども……!)
「え、いや、生き返るって……、え、それはー、なんか色々問題あったりしないの? 例えば生き返った後の方が良い状態になるって言うんなら、それ目当てで軽率に自殺する人が増えたりとか……」
そうして出た言葉は、妙にもにょった要領を得ない形の言葉だが、復活するのが常識として話されている以上それは事実として受け止めるしかなく、事象そのものに驚きはしても、倫理や道徳などというものは別に紅葉の心にもないので、必然的に、そのシステムの不具合について聞くしかないのである。
感覚的に、それは何かが不味い筈だが、何故、何が不味いのかは、わからない。
そんな紅葉の心の感覚を知ってか知らずか、祇祁がその疑問に対して答える。
「うん? いや、この世界だと、善良な子は基本的にヤィヴュミの加護とか祝福である程度は幸福に暮らせてる筈だし、自殺したくなる程にまで追い込まれてるって時点で、そいつは加護や祝福が受けられない悪人の可能性が高いから、普通は自殺しないかな……。自殺しても蘇れる可能性ほぼ無いし」
善良な相手は幸福なので自殺しない。自殺する程追い込まれている相手は基本的に悪人なので蘇らない。なので自殺しない。QED。
そんな論理と祇祁の言葉からして、この世界では死を受け入れてはいても、死が何らかの手段になる様な、そんな荒廃した文化や価値観は無いのだろう。
それに、蘇る事がほぼ無い、という事は、逆に言えば、自殺しても蘇る可能性が僅かにはある、という事でもあり、それは、この世界が過度に自殺を忌避する様な、偏執的固定概念には晒されていない、という事をも意味する。
(自殺が絶対ダメとかになると、それを理由に死ねない相手を何処までも酷使する外道が出て来るし、復活の条件が善良さにあるのなら、善人が何らかの形で悪人に追い込まれた場合に自殺ないし自爆して逃げる、って選択肢も取れる様になるもんね……)
そう、自決を禁止する形の思想は、自殺せざるを得ないまでに追い込まれた者の逃げ道を塞ぎ、その者を邪悪な者の手に渡した上で、過度に苦しめ、別の逃れ道として悪道へと進まざるを得無くする。
それは、元はと言えば、他者の尊厳を踏み躙った上で、搾取対象を逃がさず酷使する為の、洗脳とも言える悪魔的思想である為、そうした思想を持たない、という事は、この世界の思想が、少なくとも自死の点では確かな逃げ道を確保しており、他者の尊厳に対して、最低限度の配慮はしている、という事でもある。
(む、そこまで考えてなかったけど……、そうか……、そうかも?)
そうなのである。割と。
そして、そうしたある程度まともに推論出来る答えと、先程見た現状に、紅葉はこの世界の、死をも恐れぬ狂戦士的な市民達の実情を少し理解し、何とも言えない恐怖と安堵を同時に得るが……、それとは別に、それらの全ての事象の裏にいる、ヤィヴュミという存在の事もまた、気にかかる。
(ふむ、少なくとも、無理を道理として押し通してる様な崩壊必須のディストピアな感じではないみたいだけど……。ここでもまた、ヤィヴュミ、か……)
ヴィールドによる領土、身分、通貨の管理に、死者の蘇生と復活のシステムまで、その全てにおいて、ヤィヴュミと呼ばれる、この世界の支配者の影が見える。
とはいえ、そうして話している間に移動は終わり、全員が再生された三階の一部にある地学室へと辿り着いた為、そうした思考は中断し、祇祁には「へぇ……」とだけ、生返事を返して、地学室の中に入る。
だが、そうして地学室に入った紅葉は、ここでまたもや、常世界の施設とは違う、この世界の地学授業における、ポピュラーな機材を目にする事になる。
「? ……………砂山?」
そこには、部屋の中央に大きく広げられた、砂の水槽が設置されていた。




