第二章第四十五話「『幸運』の力」
『観測知性』による、三度目の襲撃。
無論、忘れていたわけではないし、映像を見てもわかる通り、さっきの今で既に迎撃態勢は整えられているらしく、『観測知性』は出現の後、ほんの数秒もすれば撤退しており、被害もそれほど出ていない様だが……。
「三度目の襲撃、ですか……」
「どうやら本当に他の場所には移動しなくなってるみたいですねぇ?」
そのニュースに対し、紅葉も、そして何時の間にやら教室に入って来ていた瑠璃やライベリーも、ある程度の不快さを示す。
というのも、同じ場所に、これほどの短時間で再襲撃が行われたという事実は、「その次も同じ事がある」という予測を立てるには十分なものだからだ。
下手をすれば、このペースでの襲撃が今後も続くかもしれない。
そうなると、襲撃対象と予測される、瑠璃や紅葉、そしてライベリーは安全の為とはいえ、行動がかなり制限される事は間違いがなく、そうした他者の身勝手さによって不便を強いられる状況は、基本的に誰しも不快に感じるものだ。
出来ればとっとと始末したい、と、思う程に。
(! そこまでは思ってなかったつもりだけど、確かに……、そんな感じがしなくも、ない、かも……)
そうして心の中に沸き立つそれは……、休む間も無く這いよる不穏な影。
普段の正常な感覚を塗り潰す程の、赤黒い靄の様な、底の知れない、敵意。
確かにここにいれば安全なのだろうが、出来れば叩き潰してしまいたいと思う、得体の知れない焦燥感。
元より、潜在的に敵に対する攻撃意識の強い紅葉は一層の事ながら、その意識は、紅葉のあずかり知らぬ範囲で、瑠璃やライベリーにも、同様に、現れる。
/(イライラ……)//(はぁー。やれやれですねぇ……)/
とはいえ、そうしたものを感じているのは、何も襲撃対象となっている三人だけでなく、彼女等より強いであろう祇祁や、逆に彼女等程は強くないと思われる勇者ペアの二人もまた同じらしく、その速報を見た際、祇祁は見下したかの様な無表情になり、勇者ペアの二人からは、「あの兎、まだ処分されて無かったんですか?」「迷惑……」という声が聞こえる。
どうやらこの世界は全体的に犯罪者に厳しいらしい。
そんな中、いち早くそのイライラを対処行動へと変換させた瑠璃は徐に独り言を呟きながら、黒板を触り、画面にそのニュースの詳細情報を映し出す。
「うーん、でもあの兎……、私の権能があれば出現地点の割り出し自体は簡単そうな気がするんですよねー。後はどうにか逃げるのを防げれば、討伐も出来る筈なんですけど……」
そう言いつつ、瑠璃が映し出した画面には、先程黄泉と常夜のペアと話していた『観測知性』の情報に、更に詳細な移動ルートや現状判明している被害各国からの懸賞金の額が加えて纏められた情報が映し出されている。
その情報を、瑠璃の後ろから近付いて来たライベリーが、瑠璃に圧し掛かりつつ更に画面を操作し、改めてその詳細を確認しながら、瑠璃に問う。
「あぁー、そういえば、さっきの戦闘の時にもターゲッティング成功させてましたねぇ……。あれってどういう仕組みなんですぅ?」
その怠そうながらも、多少は興味を持ったらしき疑問の声に対し、瑠璃は、特に隠す事でもないので、圧し掛かって来たライベリーを逆に背もたれにして、体重を預けつつ、自身の権能の話も交えて、その仕組みを明かす。
「うん? あぁ、あれは単に私の座標認識魔法と『幸運』の権能の合わせ技なんですけど……」
そうして語る瑠璃のターゲッティングの仕組みは、予め、戦闘の中で収集した、『観測知性』の情報を対象として座標認識魔法に組み込み、その対象の出現座標を、『幸運』の権能によってランダムに指定する、というものだった。
「? 出現座標を、ランダムに指定する……?」
「出現座標は普通特定しなきゃいけないものだから、ランダムに指定してたら意味無いんじゃ……?」
その何処か矛盾を孕んでいそうな説明に、瑠璃の持つ、『幸運』の権能をあまり理解出来ていないアレックスと鴉亜はそれぞれ頭に手を当てたり、顎に手を当てて首を傾げるが、これまでの話である程度瑠璃の『幸運』の権能の力を理解していたライベリーや、元々頭の良い祇祁はそれを理解して顎に手を当てながらも頷く。
「んんー? それはつまりぃ……、貴女は『観測知性』が出現する範囲を予測してたんじゃなくってぇ……、貴女がランダムに指定した範囲にのみ、『観測知性』が現れる様になってたって事ですかぁ?」
「権能と術式の合わせ技はよくあるものだけど……、対象を定めれば、後は適当に場所を指定するだけで、その『幸運』の権能の働きで指定した適当な位置が実際の出現位置になる技、か……。興味深いね♪」
それは、瑠璃の『幸運』の権能が因果律そのものに干渉するから出来る技。
通常、対象の動きの予測は、それまでの動きを観察して、そこから未来の位置を割り出すものが主流だが、瑠璃の場合は、その『幸運』の権能によって因果が収束している為、それまでどんなルートを通っていたとしても、瑠璃が指定した位置に対象が飛び込んでくるのである。
[瑠璃が指定した位置に対象が飛び込んでくるのである。]
(あぁ、未来を予測してるんじゃなくて、未来を決定してるのか……)
目的地に着く為に自動車で移動しようと新幹線で移動しようと同じ目的地に着く様に、目的地の方を決定出来るのなら、移動ルートの方は些末な問題となる。
勿論、それが『幸運』によるものである以上、乱数を回避して意図的に出現場所を決めたりする事は出来ないのだが、出現範囲さえわかれば捕らえようがある。
そして、どうにか捕まえる事さえ出来れば、討伐も可能だろう。
(悪い報せが良い知らせに変わった、っと……、こういうのも瑠璃の権能の力なのかな……)
未来を自分にとっての最善最適へと決定し、舞い込んできた悪い状況も、即座に良い状況へと好転させる、それはあまりにも都合の良すぎる力だが、そんな瑠璃の力の本質の一部を聞いた一行は、確かにその能力に解決の糸口を見出し、積極的に『観測知性』討伐の案を出し始める。
「なるほど! そういう権能なのでしたら、結界内に『観測知性』を誘い出せれば捕まえて討伐出来そうですね! 勿論協力しますとも! 勇者ですので!」
「それなら『観測知性』の侵攻ルートは出てるんだし、地学室ならより正確な活動範囲とかもわかるかも……。確か地学室も再生されてたよね?」
そうして、瑠璃の権能を理解し、討伐案を話し出すアレックスと鴉亜の瞳には、先程も皆に現れていた、妙な攻撃性を放つ赤黒い光の揺らぎが、また、一瞬、垣間見えるが……、それは別の話。
[それは別の話。]
(……? 瞳に、赤黒い光……?)




