第二章第三十九話「私立黎明学園」
見渡す限りの壁と砲。
大地に蠢くは戦車と装甲車。
雲の様に空を覆うは戦闘機と空中戦艦。
その灰色の機械の空の隙間から差し込む光は、さながら天使の梯子の様な威容を放ち、雲塊の如く停泊している幾つかの天空要塞の荘厳さも合わさって、ある意味幻想的な風景を映し出している。
もっとも、静音性は優れているのか、門の内側に入っても、聞こえる音は近くを通る戦車の僅かな走行音ぐらいだが、その圧迫感は重々しい。
「え、軍の基地って聞いてたけど……、ほんとに要塞? 学園要素は……?」
「うん? 学校って普通、軍事要素含んでるものじゃないんですかぁ……?」
「どうなんでしょう……? 魔界のはもっと華々しい感じでしたけど……」
……どうやら、またしても前提概念が違うらしい。
紅葉の知る常世界の学校は、単に知識を得る事を目的としたものが多かったが、この世界の学校は軍事に直結しており、戦時には直接兵站を始めとした一部の軍務を担うものだそうで、瑠璃の知る学校は、単なる魔界の貴族による、お遊びの園の様な場所なのだという。
(寺子屋とかとはまた違う感じなのかな……)
訂正。紅葉の知る学校も常世界のものとは若干異なる。紅葉の知る学校は、単に読み書き計算等を始めとした生きる上での基礎知識のみを得る事を目的とした教育施設であり、常世界の様な学年制や一斉進級制度は無く、学費を払えば誰でも入学出来る代わりに、一定の学力を得なければ延々と進級も卒業も出来ない、ある意味教習所や訓練所、養成施設等に近い概念である。
[教習所や訓練所、養成施設等に近い概念である。]
(? 私の持つ知識が常世界のものと異なる……?)
とはいえ、そんな堅固な軍事防壁を幾つも越えた後、ようやく学園の内部らしき空間に足を踏み入れる事が出来る所まで来ると、そこでは、多少、いやかなり規模が大きく凄まじいが……、一応、常世界で言われるところの学校とよく似た施設もちらほらと見える様になってくる。
ここはその校門。軍事防壁を幾つも越えた先にある、恐らく仕切りとしての機能しか期待されてない高さ3m、厚さ50cm程度の薄い壁と高さ2m程度のおしゃれな鉄柵で出来た門の前だが……。
その左右にスライドして開門された校門の向こう側、高さ約40m、奥行き約200m、幅約1kmの横長な体育館の手前あたりに、ライベリーとしては見知った、瑠璃と紅葉としては多少異様な光景が広がっている。
それは、遠目から見れば、単に今回の避難要請で避難してきたと思われる変人達を整理し、開放された体育館の中で登録・区分した後、順に区分けされたそれぞれの避難場所へと案内している図なのだが……、如何せん、変人達を整理、登録し、案内している人物が……、全て、同一人物なのである。
「分身……? じゃない、みたいですね。魔力反応が全部同じです」
「複製体? いや、それにしても生体反応が同じ過ぎるけど……。あ、もしかしてさっき黄泉さんが言ってた分霊とかなのかな……」
そうして、二人はそれぞれ思い思いに考察を始めるが、そんな考察は無視して、ライベリーはその人物の内、校門近くで案内板を持って数人立っていた、他の人物を案内していない同一人物に近付いて行って声をかける。
「祇祁せんせー。登録お願いしまーすぅ」
「はいはーい♪ あっ、ライベリーちゃんだー♪ どうー? そのスキン適合してるー?」
「適合はしてますけどぉー。代謝分のエネルギーって、オイルか電光力でなんとかならないんですかぁ? いちいち食事するのとかめんどくさいんですけどぉー」
「相変わらずめんどくさがりー。オイルで良いならプロテイン飲めば?」
「それって栄養偏りませんかぁ?」
そのようにライベリーと親し気に話し始めた相手は、青髪のショートヘアに二本の小さな鬼の角。背中には幾つもの触手で構成された様な鳥の翼に、脚は素足で龍の足。その猛禽類の様な金瞳に、翼や脚と同じ濃い紫色の龍の尾も特徴的だが、何より特徴的なのは、左腕が機械と同化し、甲冑の様な鎧になっている事。
服装的には、戦闘服に似た黒っぽい作業着らしき衣服を身に着けており、背中にはブレード状のゴテゴテしたチェーンソーを背負っている所から、とても教師には見えないのだが……。
とりあえず美人なので瑠璃が彼女とライベリーの会話に突入していく。
「あーっと、すいません。先生……、って事はこの学園の教師の人ですか?」
「教師、っていうか理事長ですねぇ。この人」
「えっ」「えっ」
「あはっ♪ 二人共驚いてるー♪ 初めましてっ! この黎明学園の理事長やってる黎明祇祁でーす♪「君達は昨日この世界に来た来訪者の子達だよね? データはもう届いてるから知ってるよー♪「君達はどの区画に寝泊まりするー?」」」
そうして祇祁は明るく二人に近付いて来るが……、
その台詞の最中、彼女に驚くべき事象が起こった為、瑠璃と紅葉はその場に停止して、目を見開く。
「「うん? どうしたのー?」」
話の最中、祇祁が分裂して増えたのである。
そして、分裂の元となった一人はそのままライベリーの下に留まり、増えた一人が歩きながらもう一人増えて、二人の祇祁がそれぞれ瑠璃と紅葉に話しかける。
「え、えっとあの、増えてる……?」
「さらっと増えましたね。一人お持ち帰りさせて頂いても?」
「あ、お持ち帰りしちゃう? いいよー♪ ボクも君には興味ある!」
「増えてるのはボクの『増殖』の権能の効果だねー♪ 幾らでも増やせるから君もボクをお持ち帰りする??」
「え、デメリットは?」
「「医学的実験に付き合って貰う♪」」
「なるほど。やだ」
「あ、すいません。悪い予感がするので私もやっぱりやめときます」
「「えー!?!?」」
……祇祁が何か不服そうに喚いているが、本能的に危機を回避した瑠璃と紅葉は、とりあえず話題を変えて、祇祁に自分達の避難登録を促す。
「まぁまぁ、とりあえず登録の方進めて?」
「むー! せっかく良い感じの実験体が手に入ると思ったのにー! まぁいいや、はいはい、登録ね。んじゃ、このカードリーダーに身分証よろしくー」
「やっぱり危険が危なかった……」
そうして登録を促された祇祁は、頬を膨らませながらも分裂の際に一緒に増えたと思われる登録用のカードリーダーを差し出して来るが、それに対して瑠璃と紅葉がそれぞれの身分証を翳した所で、祇祁から実験体とは別の提案がなされる。
「そういえば君達、この世界に来たばっかりだからSSランクなのにまだ学生登録してないんだよね? この世界、基本的に特殊能力者と不老長命種には、特設学科っていう、一般の成績優秀者に紛れてそういう個体が快適に過ごせる様にする為の学科が設置されてるんだけど、君達みたいな外見年齢が成体未満でAランク以上の能力者なら学費免除でその特設学科に入れるよ? ついでだから入学しとく?」
それは何の脈絡も無く唐突に提案された特設学科への入学。
とはいえ、それもこの世界では割と普通の事らしく、聞けば、この世界では種族の偏向分布というものが存在し、戦力値の高い場所では上位種族が集まり、戦力値の低い場所では下位種族が集まるという傾向にあるらしい。
その結果、禊祓の様な、戦力値の高い大国の主要都市では上位種族が当たり前に見られるが、そこから戦力値が下がるに連れて、上位種族の存在はどんどんと減少して行き、やがて、極小国や未開の地にまで移動すると、その戦力値の低下から、上位種族の存在はほとんど見られなくなり、場所によっては、上位種族の存在が、常世界と同じく半ば伝説となって忘れ去られている場所もあるという。
そして、そうした地域では、寿命の差や力の差のせいで、上位種族が快適に生き辛い環境が形成されている事も多い為、この世界の全体に分布する大企業立以上の上位学校では、それに対応する為、特設学科と呼ばれる特別な学科を設置し、そうした地域における彼等の隠れ蓑を作りつつ、本来であれば同じく生き辛い特殊能力者や成績優秀者をも、その特設学科に一括りに纏める事で、学校の平均学業能力の底上げと、彼等の本来あるべき地位の保証を行っているのだという。
(あぁ、そういえばこの世界って徹底した実力主義社会だから、実力者には実力者の席が保証されてないといけないって考えが強いのか……。それに、戦力値による種族の分布、ね……。下位種族がいないってわけじゃなく、ただ単に、この場所に上位種族が集まってるだけ、と……)
また、この特設学科については、あくまでも権利である為、それに入学した事により、登校や学習を始めとした、何らかの義務が発生する事はないらしい。
「まぁ、あくまでも学校側としては、上位種族の権利を保障する事によって生じるコネや利潤確保、卒業する一般生徒の受け入れ先確保とか、その辺りの営利目的な面が強くって、入学する側の生徒に制約を課す意味は特に無いしね」
そうした事情を聴いた瑠璃と紅葉は、そちらについては特に断る理由も無いので、軽く承諾し、祇祁の方も、「ん、了解! 時期的にも丁度良いし、二人は転入生じゃなくて新入生って事で今日からここの生徒に登録しとくね♪」と、軽く二人を登録して、避難場所の前にそちらの特設学科における今年の新入生の教室へと案内するかどうかを尋ねる。
「それじゃ、どうする? 避難場所決定する前に、今年入学した特設学科生の教室の方に案内しよっか? それとも先に避難場所だけ決めときたい?」
そう尋ねられた瑠璃と紅葉は、お互いアイコンタクトでやり取りしつつ、目的の場所を考える。
「うーん、私としては回復地点は確保しときたいので、避難場所の決定の方が優先ですかね……。紅葉さんはどう思います?」
「んー、私もどちらかと言うと拠点重視かな。ライベリーさんなんかお勧めの場所とか無い?」
「んん? お勧めの宿泊場所ですかぁ? そうですねぇ、私は自分の拠点がある旧校舎の方に行くつもりですけどぉ、貴女達なら部活棟の方とか、工廠あたりが良いんじゃないですかぁ? 面白そうなの多いと思いますよぉ? 知りませんけど」
そうして、行き先を問われたライベリーは、咄嗟に瑠璃と紅葉が好きそうな場所を提案してくれるが、その答えを聞いた時点で二人の行き先は決定し、瑠璃と紅葉は「なるほど……」と、互いに視線を合わせて深く頷き、祇祁に案内を頼む。
「「それじゃ、旧校舎で」」
「いや、なんでですかぁ!?」
予想していなかった答えにライベリーが何か喚いているが、ある意味当然の結果ではある。
「いや、だってライベリーさんの行くところとか絶対良さ気なスポットだし」
「あ、出来ればライベリーさんの所の近く、隣ぐらいでよろしくお願いします」
「ストーカーかなにかかな? 面白そうだし、まぁいっか♪ 旧校舎はこっちだよー♪」
「よくありませんけどぉー!? ちょっとぉー!?!?」
……ライベリーが何か喚いているが、これは当然、当然の事なのである。
何故ならば……。
瑠璃と紅葉の二人が、高身長美人巨乳ウェイトレスの拠点、などという滅茶苦茶面白そうなもの、見逃す筈が、無いのだからっ……!!
かくいう私も見たい!!!!!!!!




