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地の文「なんか私が見える小娘が主役みたいですよ?」  作者: 咏柩
第二章『咎人と断罪者』
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第二章第二十六話「法と国主と権威限界」


 周囲の皆が見守る中、黄泉と呼ばれたこの国の支配者は機動警察と都市システムの記録していたデータを頼りに、兎の消えた座標付近にまで移動し、その後は自らの探知術式で周辺を探り、兎の完璧な消失地点を割り出す。


「さて、ここか……」


 その作業は彼女にとっては些細な事らしく、術式という術式も展開せず、ただ空にそっと手をやるだけでその位置を把握し、そこに近付いて調査する。


「! これは……。……」


 だが、そこで彼女は何かに気付いたらしく、一瞬ではあるが目を細めて眉間に皺を寄せ、口の端からは薄く犬歯を覗かせながら、腰の大刀に手を伸ばす。


――チャキ――


 が、その手が刀を抜こうとした瞬間、彼女の後ろから伸びた手がその手首を掴み、抜刀を阻む。


「待った、黄泉。それは駄目」


 ゆらりと影が実体化するか様に現れたその相手は、周囲の緋煉軍の和装具足とは違う、黒と銀を基調とした、機能的で豪奢な軍服を羽織っており、一目で周りとはまた違う、別の勢力である事がわかる。


(? あの軍服……。市民課のお姉さんが着てたのと同じ種類……?)


 それだけではない。肩に羽織った軍服に付けられている勲章の数と肩章、飾緒の煌びやかさから見て、明らかに上位将校なのだろう。


 その存在は、黄泉の側とはまた別の、深い闇の底を覗いているかの様な、背筋に冷たい感覚を思わせる、重苦しく見る者に恐怖を覚えさせる雰囲気を纏っている。


(……ジャンクファーストで相席してた人か)


 そして、その人物にも、やはり紅葉は見覚えがある。件のジャンクファーストで黄泉と談笑していた人物だ。


 黒髪赤眼。左右非対称で左側だけがミディアム程度にまで伸びたショートヘアに後ろ髪の一部、中央部だけがテール状で異様に長く、身体の周囲に意思を持つかの様にうねって巻き付いている所も合致する。


 服装もまた、肩に羽織った軍服の下に見える戦闘服らしき衣服は昨日見たものと同じで、黒を基調とした中に赤の混じる半袖の硬質ジャケットにボックスプリーツと金属付きのアームガードにフィンガーレスグローブ、ニーソックスに金具付きの戦闘ブーツと言った所まで全て同じである。


(巫女服の人もそうだけど、たぶん制服、なのかな?)



 その人物に、抜こうとした刀を止められた黄泉は理由を問う。


「………………常夜。それは何故?」


「自分でわかってるでしょ? その先、次元が断裂してる」



 陛下と呼ばれる一国の国主。それも大国の国主相手に互いにタメ口。その時点で常夜と呼ばれた軍人の側の地位や権威も推して知るべしだが、そもそも二人で外食に出たりしている時点で元々仲はかなり良いのだろう。


 故に、黄泉はその常夜の行動に憤慨するでもなく、ただ眉を顰めて抗議する。


「……………………だから?」


「貴女が言わなきゃわからないはずないでしょ。その先は、外国よ」


 それに対して常夜は、こちらも眉を顰めつつ、黄泉の手首を掴んでいない方の手で兎の消えた座標を指差し簡潔に理由を述べる。そう、理由は、『外国』だから。


「…………………………で?」


「法治執行圏外。他国の領地の事は、私達の法では裁けない」




 これは当然の事だが、如何に大国の国主と言えど、他国の事までは裁けない。



 全ての者の権威の限界は、自身の権威が及ぶ範囲の事まで、なのである。



 ここが、全ての権威の限界だ。




 だが、そこで黄泉の瞳に殺気が混じる。


「…………私は、邪悪を決して赦しはしない」


 その殺気は常夜と呼ばれる彼女に向けられたものでもなければ、まして、周囲の民衆に向けられたものでは決してない。次元の向こうの敵に向けられたものだったが……、


 それでも。


 それは、大気を震わせ、周囲の者を恐怖させるのには十分であった。


 その殺気に、多くの者が怯えて顔を蒼白にさせた所で、それに気付いた黄泉は、その瞳を一度閉じ、彼等の為にも、冷静さを保ちながら、言の葉を紡ぎ出す。


「…………幸いにして死者は出ていないようだけど、私の民にかなり多くの負傷者が出ているわ。これを私に見過ごせと?」


 そして、再度薄く目を開いて常夜に困った様な視線を送りつつ、それでも内心の殺気は抑える事は無く、彼女は自身がそう話す理由を述べる。



「目には目を、歯には歯を、血には血を、魂には魂を……、私は必ず邪悪に対して返報の復讐を遂げる。それは私が悪戯に剱を帯びているわけではなく、悪を行う者に必ず怒りを以て報いる為。それこそが権威が存在する理由であり、私が存在する理由でもある。だから……、邪魔しないでくれない?」


 その格言的な主張は、誰もが何処かで聞いた事のある重みを帯びて、その真理とも言える根底的正当性を圧し掛ける。


 だが、しかし、それに対して、常夜は更に話す。


「そうね。しかし、公正を守り、正しい事を行え、というのも法の一つよ。また、全てを適正に、規律の下に行え、というのもね。それで、私は問うのだけれど、今、怒りの内に自らの手の内に無いものにまで手を伸ばす貴方のその行いは……、果たして正しいものと言えるのかしら?」


 そうして話された言葉は、それもまた誰もが聞いた事のある格言的な重みを帯びて反証し、更に、黄泉の言葉の正しさ自体は認めつつも、その重みを以て、今回の場合における、その権威の、活用の正当性を問う。


 そう、例えその邪悪に対する憎悪と激怒が正当なものであったとしても、それによって罪が生み出されるのであれば、それは正しくないのである。


 その重苦しい鋼鉄の様な雰囲気とは裏腹に、黄泉を優しく宥めるかの様な常夜の言葉に対し、黄泉はその怒りを沈めさせ、殺気もまた風の様に消えていくが、黄泉はその後の結果に対し、困り顔のまま一つの疑問を呈す。


「……それは、今此処で私がそいつを仕留め損なう事で、後に誰かが多くの被害を被る事になったとしても?」


 それは現実的な結果の問題。


 ここで黄泉が剱を収めて、あの通り魔を逃がしてしまえば、次は誰が襲われるかわからない。今回、死人は出なかったが、次もそうとは限らない。


 そうであるのならば、助けられる命を助けないのは、より邪悪ではないのか。


 これはそういう質問であったが、その質問に対し、常夜は小さく溜息を付きつつも、それに対する答えを述べる。


「……例えそうだとしても、よ。法の施行者が法を破るつもり? やるなら合法的にやりなさい」


 例え結果がどうあれ、権威者が自らの権威を越えた行いをする事、即ち越権行為を常夜は、いやは認めない。ただ、それとなく抜け道を教える事はしたとしても。


(ヴィールドの最高軍司令官!?)


 そんなシリアスな雰囲気の中、突如として中空の文章に書きだされたネタバレ、もとい衝撃の事実に紅葉は目を見開くが、そんな特殊な外野の存在などこの場では蚊帳の外である為、そうした事柄はこの問答には一切影響を齎さず、黄泉は数秒間じっくりと考えてから、答えを出す。



「………………………………、………………………………」





「合法的に、か……。それはそうね……」



「……わかったわよ」


 そうして問答に折れた黄泉は刀の柄から手を放し、剣を引き抜こうと、少し前傾していた姿勢をまっすぐに正してから、民衆に向かって語り始める。



「皆、よく聞きなさい」


「まずは奮闘お疲れ様。貴方達の活躍により脅威は去ったみたいよ。ご苦労だったわね」


「そして、件の討伐対象についてだけど……。どうやら今回は逃げられたみたい。方法は次元異相転移。つまりは異世界転移ね。技術的には追跡も出来るけど……、法治執行圏外だから討伐は出来ないわ」


「よって、今回の緊急招集はこれで終わり。招集費と協力費については後ほど自動的に振り込まれるから安心なさい。協力ありがとね。以上、後は自主的に情報提供してくれる戦闘参加者以外解散していいわよ」



 その説明は先程から丸聞こえだった会話の内容と一致しており、招集費と協力費については瑠璃と紅葉にはよくわからないものの、少なくとも現在彼女は越権行為をしてまで討伐する気は無くなったようだ。


 後は、その言葉通りに、戦闘参加者の中から情報提供しようと思う者が自主的に集い、それを元に対策部隊でも設置されるのだろう。


 そう認識して、瑠璃と紅葉は事の成り行きを見守った後、顔を見合わせて首肯し、情報提供するのもめんどくさいので、さっきの店に戻って運動後のデザートでも食べようと、陣の端っこで部下の赤髪のウェイトレスと一緒にいたライベリーに手を振り近付いて行く。


 後は軍でも警察でも、あの色物集団でも、とにかく他の誰かがどうにかしてくれるだろう。


 そうでなくとも、あの明らかに次元の違う国主と司令官がいるのだ、もはや自分達に出番はない。



 二人がそう考え、ライベリー達と一緒に店に帰ろうとした所で、



 解散を促した国主、黄泉その人に呼び止められる。



「あぁ、そこの犬猫二人と白髪のウェイトレスの三人は残りなさい。被害者と第一発見者でしょう? 参考人として事情聴取するわ」


「「あっはい」」「えぇ~、まじですかぁ?」


 残念! 帰れなかった!

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