第二章第二十五話「乱戦の事後処理」
「はて、これはどうしたものかしらね」
到着した緋煉軍の司令塔と思われる御輿の様な形の陸上要塞の屋根の上には、その指揮官と思われる巫女服姿の女性が一人。
周囲の異様な静寂の中、彼女がぽつりぽつりと呟くその声は、その透き通る様な美しさに反し、何か得体の知れない重圧と、まるで背後から耳元に直接話しかけて来ているかの様な薄ら寒さを伴って頭の中に鳴り響く。
(なにこの声……。さっきの念話とは違うのに、頭に直接響いてる……?)
その声は、彼女から滲み出る実体のある影の様な雰囲気とも相まって、決して大きくは無いにも関わらず、その場にいる全ての者に届き、騒がしかった場の雰囲気を、彼女と同じ、荒涼とした静寂へと変える。
こちらに話しかけてきているわけでは無い筈なのに、驚く程によく響くその声の重圧は、それを聞く者の意識までをも狩り取らんばかりに心の臓腑を凍り付かせるが、それでもやはり独り言なのだろう。
彼女自身は、周囲の様子には特に気に掛ける素振りは見せず、音も無く御輿の様な陸上要塞の屋根から飛び降りると、機動警察の管制車へと近付く。
「機動警察。状況を」
「はっ! 目標は戦闘中に突然ロストし、現在捜索中です!」
「ん、了解。消失時の映像と空間座標を出しなさい。私も確認するわ」
「ははっ!!」
「後、今はそういう堅苦しいのいいわ。楽にしなさい」
その威圧溢れる薄ら寒い存在感とはまるで異なる寛容な対応。
それはただ存在の次元が違うだけで彼女自身は悪意的な存在ではないという事を示すらしく、彼女は畏まって姿勢を正す機動警察隊長にそう言った後、振り向いて周囲の者達に向かっても同じ事を述べる。
「その辺の伏せてるのも。顔を上げなさい。それに私はそんな崇められる存在じゃないから。栄光は唯一人の神にってね。普通にしていいわよ」
そう言われてふと回りを見ると、流石にさっきまで兎と戦っていたSランク以上の実力を持つ戦闘従事者達はその重圧を跳ね除けていたものの、それより数ランク劣ると思われる、包囲網を形成していた住人達の一部はその場で片膝をついたり、地面に倒れ伏したり、場合によっては重圧に耐えきれず失神しているのが見える。
/(! 彼女が少し呟いただけで、これですか……)/
無論、命に別状は無いらしく、彼女が普通にして良いと話した瞬間失神していた者も含めて全員が我に返った様に立ち上がったり息を吹き返したりして各々蘇る。
そして、それと時を同じくして、重圧から解かれて起き上った者を含めた周囲の民衆がざわざわとどよめき始める。
「黄泉様だ……」「黄泉様だ……!」「なんで陛下がここに……?」
(陛下……。って事は、あれがこの国の支配者……、しかも口ぶりからしてこっちも一神教徒……?)
この世界で、神、それも唯一真の神に関わる事柄は即死案件。
昨日綾夢にそう聞かされた紅葉は、深入りするつもりは無くとも、警戒して件の黄泉と呼ばれた巫女服の司令官を注視して見つめるが、彼女がまるで転移するかの様に、兎の消えた位置に移動し、人混みに隠れた紅葉のいる位置からも彼女の姿が良く見える様になった所で、紅葉はある事に気付く。
その何処か冷たい印象を受ける極めて美しい容貌と、黒袴に白小袖を中心とした何層にも重なる鎧の様な巫女服に、紅葉は見覚えがあったのだ。
(? 誰だっけ……)
黒髪緑眼。腰の辺りまである濡れ鴉の羽の様な髪に、髪に結び付けられた白紙の札と思われる白い髪飾り。そして腰に下げた真っ黒な刀。
帯や服の止め紐などに緋色が使用されている所や、そのなりで靴は白兵戦闘用の動きやすそうなブーツを履いている辺りなど特徴になりそうな点は幾つもあるのに、頭の中に靄がかかった様に思い出せない。
(いや、でもこれは確か覚え解こうって……)
そうして紅葉は片手で片目と頭を押さえ、厨二病患者のポーズを取りながら、頭を凝らして考えるものの答えが出ない。
と、そこで悩む紅葉のもう片方の手にそっと誰かの手が触れる。
「どうしました紅葉さん? そんなに巫女さんに興味があったんですか?」
瑠璃である。戦闘では防御陣営に守られていたが、敵影ロストで戦闘が終了した感じになった為、瞬間移動で合流しに来たのだろう。
そして、その瑠璃の手が紅葉に触れた瞬間。巫女服の彼女に関する紅葉の記憶もハッと戻る。
「あ。昨日ジャンクファーストにいた巫女服のお姉さんだ」
「を?」
何処から何処までが瑠璃の権能の作用なのか。
確かに、昨日既に、瑠璃と紅葉の二人は、この国の主要人物。陛下その人である彼女に合っていたのである。




