第二章第十七話「カフェラテ初デート☆」
時刻は午前九時頃。
昨夜は一緒のベッドで寝たものの、結局眠過ぎて何も無く。
起きてからもやはり一日に起きた事が多過ぎて頭が回らず、何も無かった。
そして、二人が起きた時間は少し早めの午前六時半頃だったが、綾夢荘の宿泊は一日分しか取られておらず、チェックアウトの時間も十時だったので、室内に設置された浴場でさっと水浴した後は、二人共早めに出立し、今は少し街中を見学した後、なんとなく目に付いた珈琲店で朝食を取っていた。
「しっかし、昨日の、ニュースにもなってませんね」
「うん。レティアさんが何かしてくれたのか、それとも爆発事故ぐらい、この世界では日常茶飯事なのかは知らないけど。良い事だね」
「あ、そういえば昨日の兎、何か賞金首だったらしいですよ? 後でレティアさんに聞いたんですけど」
「まじか。いるのねそういうの。そしてちゃっかりレティアさんと連絡先交換してるし……、いや、私もしたけど……」
「私は可愛い女の子との連絡先は極力交換する様にしてますので。って、おや? 紅葉さんはSNS、世界書庫で交換したんですか? 私はnow網にしましたけど」
「いや、単に元々入れられてたの以外使いこなせてないだけだけど……、え、なにそのSNS、詳しく」
そうして二人は、チェックアウト前にそれぞれ個別に出くわしていたレティアの事を話題にしつつ、昨日の内に綾夢荘にあったデパート内部のジャンクファースト支部で改造に出して朝の水浴後すぐに受け取りに行った、この世界仕様に中身だけカスタムしたそれぞれの携帯端末を使い、この世界のSNSのやり取りをする。
(ふむ、「世界書庫world book room」が世界政府ヴィールド管理の身分証連携型SNSで「naw情報通信網」がアリシアさんの所のネットワーク・クライシスが運営してる高速通信SNSか……、なるほど)
そんな、昨日の喧嘩が嘘の様にゆったりとした雰囲気の中で楽しく歓談しつつ、紅葉はふと、注文した珈琲を片手に瑠璃をちらりとみる。
(あれ、これってもしかしてデートなんじゃ……?)
いや、もしかしなくてもデートであり、瑠璃の方も半分その気だが、紅葉の方は昨日自分から喧嘩を売ったという事もあり、頭に疑問符を浮かべて首を傾げる。
とはいえ、その背景には、瑠璃は性癖的に可愛い女の子には無条件で甘いという事実があり、そんな事は紅葉の知る由もない事なので、その感想も無理はない。
ちなみに、昨日の喧嘩で吹き飛ばされた家屋については、レティアの言葉通り朝には完全に元に戻っており、冷蔵庫の中の寿司などの調度品でないものは消し炭のままだったものの、瑠璃と紅葉の持ち物については、その鞄が余程丈夫だったのか、無傷で復元された部屋の中に落ちていたので何も問題は無い。
勿論、着替えについても鞄の中のものは無事であり、鞄に入れてなかった分も、紅葉のものは水と二酸化炭素と窒素からナノマシンで再構築できるもので、瑠璃の衣服は魔力繊維だったらしく、瑠璃の魔力で復元できたのでそちらも問題は無い。
(……瑠璃の装備も不思議だけど、私の装備は一体何処から来たものなんだろ?)
そうして、瑠璃とのデートで頭に疑問符を浮かべるついでに、そんな謎めく謎に注意を向け、自身の今着ている緑色のセーラーブレザーの袖を見やる紅葉に対し、丁度その袖を、対面に座る瑠璃がちょいちょいとメニューを見ながら引っ張る。
「ところで紅葉さん。今度はこれ頼んでみません? ただのフルーツの盛り合わせなんですけど、私の知らないフルーツがかなりあるみたいです」
そう言いつつ、紅葉の思考を遮った瑠璃が指差すメニューには、兎型に切られた林檎や葡萄の粒など常世界でもよくある果物の他に、透き通った濃紺の実や四角く切られた果肉の葉、また、果物である筈が花の様な見た目をした半透明の実など、およそ常世界には存在しない色とりどりの美しい実が盛られていた。
その通常の世界とはやはり違うと思える事案に、紅葉は「ふぅむ」と考えつつ、メニューの隣に書かれたその質量と熱量、そして原材料名を確認してから、呼び鈴を押して紅葉の側が注文をする。
その様にするのは、この店には公的機関の様な翻訳が置いておらず、書いてあるメニューの背景などに、おしゃれとして物質界語が添えられている一部のメニュー以外は瑠璃には読めず、そこに何が書いてあるのかだけでなく、書かれている文字の音もわからない事により、瑠璃では文字の発音が出来なくてスマートに注文する事が出来ないのが原因である。
また、瑠璃の食事量は常人よりもかなり多い方なのだが、朝食にも関わらず調査目的で多様な種類の料理を注文して食べている関係上、元々の身体質量が大きく、食事量が常人の十倍以上ある紅葉が注文した食事のほとんどを食べているという事も理由の一つに存在する。
そうして、フルーツの盛り合わせを注文した紅葉は、二人が値段を気にせず様々な料理を注文する為、上機嫌でにこにこ笑顔となったウェイトレスを見送りながら、珈琲の中身をくるくると回してこの国の感想を述べる。
尚、ウェイトレスが上機嫌なのは、この世界の基本的な会計システムとして、飲食店では店側が机に品物を運んだ時点で即刻会計が行われ、既に瑠璃と紅葉は100万ヴィスト以上の金額をこの店に落としているのと、この世界での店員の給料は基本的に時給制ではなく月給制+歩合給制であり、その店の月毎の売上がその月の給料に直結するからである。
(あぁ、なんか機嫌良くなっていくなと思ったらそういうのがあるのか……)
「しかし、店の珈琲がたったの500ヴィストってやっぱりこの世界、物価がかなり安いのかもしれないね。貴金属とのレート表も見たけど金1gが正確に5000ヴィストだったから、金0.1gで珈琲一杯。私の知ってる世界だと珈琲一杯は大判2枚で金40gはしたよ」
その物価に対する感想に対し、紅葉の知る世界は珈琲だけでなく、香辛料の類が基本的に極めて貴重で高い為、瑠璃の知る世界の相場とはかけ離れるが、この世界の物価が安いという事には瑠璃も同意する。
「あぁ、確かに物価、それも食料品類が異様に安いですよね。珈琲については魔界ではこれより少し高いぐらいでしたけど、菓子類はもっと高かったですね。ここに書いてあるケーキ類なんか、金換算だとどれも数gはした気がしますよ。つまりは銀貨数枚分ですね」
そうして二人は、互いの貨幣価値認識を交換しつつ、この世界の物価を探る。
「これケーキって言うんだ? 甘食の類かと思った。でも菓子類は価格がまちまちだね。だいたい何かはわかるけど、見た事の無いのもいっぱいある」
「確かにそうですね。甘食が何かはわかりませんが、このクイーンブーケパフェ? というのは10,0000ヴィストもしていますが、その他のソフトクリーム類は基本的に一律200ヴィストの様です。何か違いがあるんでしょうか?」
「うん? 大きさ、じゃないみたいだね。全部質量100gって書いてあるし」
この様にして、二人は会話に花を咲かせながらも、重要な所は押さえて研究し、暫し飲食と共に情報を集めた後、ようやく食事を終えて一定の結論を下す。
「うーん、それにしてもこの世界、私達が知ってるものはだいたいあるっぽいね。それどころか、それに加えて私達二人共が知らないものも数多い。完全に文明LVが違うって感じ」
そう、上に向かって腕を伸ばして伸びをする紅葉に対し、瑠璃もぐいーっと前に腕を伸ばして猫らしく伸びをし、結論を纏める。
「そうですね。幾つかの地方特産品などは流石に存在しませんでしたが、大まかなものは完全に揃ってる感じですね。それも、大抵のものが私達の知るものと同等かそれ以上のもので、値段はずっと安い。こっちで仕入れて別の世界で売れば確実に大儲け出来ますね」
そうして、そのあまりの豊かさに驚愕しつつも、満ち溢れる平和で長閑な雰囲気に最早嫉妬すら湧かない微妙な心境の瑠璃は、脳に酸素を取り入れる為に発生したあくびを噛み殺しつつ、その雰囲気と同化したかの如く液体となって溶ける。猫は液体。はっきりわかんだね。
とはいえ、やはりそこには多くの謎が存在する為、紅葉としてはそれを気にして指摘する。
「でもどうやってこれだけの豊かさが維持できてるのかが謎だよね。『光在る所には必ず影がある』とも言うし、理想の世界とやらを目指してるんなら、探索がてら調べて見る?」
「そうですね。この場所だけで80桁もの領地人口を擁するという割に人が少ない気がするのも気になりますし、何より見渡す限り若くて美人な上位種族ばかりなのが気になります。これで、この場所が単に周囲の富を吸収してるだけとかなら、私の目指すところとはまた違ってきますしね」
周りを見つつ、若くて美人な上位種族に気を取られている辺り、極めて凄まじい性癖による執着を感じるが、紅葉的には何も見なかった事にして、なんとなく息が荒くて顔が赤い気がする瑠璃の様子は無視しておく事にする。
恐らく、そうした人々ばかりの世界が、瑠璃の理想の世界、なのだろう。
そして、それを自分も作り出したいが、不公正の歪みによって、それを作り出すつもりは無い、という事も見て取れる。
恐らく瑠璃は、全体、をこの様にしたいのだろう。それはあまりにも欲深過ぎる望みではあるが、夢が大きく、理想が高いのは向上心としては良い事である。
そうして、二人がこの世界の豊かさ、文明レベルの高さを感じつつも、その何処か不自然な違和感を覚える部分に当たりをつけ、それを調査する為に席を立とうとした所で、瑠璃が店の入り口を見て何かに気付く。
「おや? あのうさぎは……?」
そう言って瑠璃は、立ち上がって通路に出ながらも、人差し指で紅葉の後ろ、店の入り口辺りを指差す。
そして、それに合わせて紅葉が振り向くと……。
そこでは、昨日襲撃してきたのと全く同じ外見の兎が、店長らしきウェイトレスのお姉さんに後ろからライフルを突き付けようとしていた。




