第二章第十五話「王権の限界と幸福な世界を探す旅」
唐突に告げられた、瑠璃の素性と何処か見知らぬ国家の危機。
当事者たる瑠璃本人は、別に困窮している国民というわけでも、王族というわけでもなく、ただその国の人々に助けを求められて召喚されただけの一介の魔神王に過ぎないからか飄々としているが、聞く限りだと既にそのアウクシリウムという国は先行きがとても怪しい。
そして、それに対しての根本的な解決法が『理想世界を創る事』だとか言うのが、更に怪しさを加速させている。
「あ、紅葉さん、怪しんでますね? 当たり前ですけど」
そうして、何故かそんな怪しげな手法に「へぇ……」と一定の理解を示しているレティアとは違い、当然ながら訝しみつつ呆れた様な目を向ける紅葉に対し、瑠璃はどちらかというと紅葉の方に同感の意を示しつつも、どうやら他に本当に方法が無いのか、両手を軽く外向きに広げて上に上げ、お手上げのポーズを取る。
「とはいえ、それ以外に円満に解決できる方法がなさそうなんですよね」
そう話す瑠璃の言葉に、円満に、でなければ解決出来るという意図を汲み取る事が出来るが、紅葉としてはその円満でない解決法の方が物事が楽に解決出来そうな気がしたので、それをさらりと口に出してみる事にする。
「えっと……、円満じゃないし割と酷い提案かもだけど、その流入して来る難民、ある程度区切り付けて後は見捨てちゃだめなの?」
それは紅葉にとって、息をするかの如く自然に出て来た選択肢。
瑠璃の話を聴く限り、アウクシリウムという国の問題の根本的な原因は、現在、その国に雪崩込んできている難民達による人口爆発にある。
逆に言えば、その分さえ無ければ……、アウクシリウムは別に今ある土地と資源だけで十分に暮らしていけるのだ。
そうであるのならば、これは先程の瑠璃との戦闘の原因となった事でもあるが、合理化のみを基軸に置いて考える紅葉の思考からすれば、いらないものは即刻排除対象として切り捨てるのが正解となる。
そんな一般的に言えば心無い紅葉の提案に対して、瑠璃とレティアは「おや」、と興味深そうに紅葉を見つめた後、当事者である瑠璃の方が答える。
「いや、うん。その選択肢はまず初めに出てきますよね。わかります。私としても最終的にはそうなるだろうな、とは考えてますし。とはいえ、今現在の実情として、アウクシリウムには難民を受け入れなければならない事情があるんですよ」
「?」
「というのも、アウクシリウムの中核は元々何らかの災害や迫害、紛争などを原因として行き場を失った少数民族からなる流浪の民で成り立ってるんですよね。ですので、もし同じ少数民族からなる他の難民達を見捨てるようであれば、その先で、残ったアウクシリウム内の民族同士でも民族対立が起こりかねないんですよ。いえ、起こりかねない、ではなく、まず間違いなく起こると予想されます」
「!」
ここに来て提出されるアウクシリウム内部の民族問題。
他者の感情に疎い紅葉としては、それがどういうものなのかあまりピンとこないが、そこでそうした問題についても知るらしき、レティアが口を開く。
「あぁ、それは私もそう思いますね。強いか弱いか、寿命が長いか短いか、不和と分裂はそんな些細な事でもすぐに起こりますので……」
そして、レティアはそれに付け加えて、紅葉にはわからなかった「それを行うとその後に起こる事」についても、格言的な言葉で答えを紡ぐ。
「『内部で分裂している王国は全て荒廃に帰し、また、内部で分裂している都市や家は全て立ち行かない』そうであれば、その集まって来た難民達を見捨てるという選択肢は、アウクシリウムの崩壊を決定付けるものになってしまうでしょうから、やめておいた方が無難でしょうね」
新たに集まって来る難民を見捨てると、既に集まってきていた元難民と少数民族で構成されたアウクシリウムという国自体に分裂が生じ、国自体が崩壊してしまう為、新たな難民も見捨てる事が出来ない。
これはアウクシリウムという国の特殊な成り立ちから起こる出来事だが、そこには一定の合理性があり、紅葉も首を縦に振って理解を示す。
「なるほど。てっきり人道云々の事で何か言うのかと思ってたけど……」
「言いませんよ。というか、そんな事を唄う奴はだいたい詐欺師か自己満足に浸る為に他人を利用してるだけの偽善者ですよ」
酷くばっさりとした言い草だが、実際の所それはある程度の真実を含んでいる。
そうして、謀らずしもアウクシリウムの抱える根本的な問題の一端が話題に出た所で、瑠璃は、こちらの幻影の術式も使用出来るのか、先程レティアがやっていたのと同じ様に、今度は復元されたテーブルの上に都市と難民と制圧した魔界を現わすであろう幾つかの浮遊する島を映像として映し、説明しだす。
「それに実の所、さっきレティアさんが説明してくれた難民の流入による人口爆発とそれによって起こる食糧問題、資源問題については、とりあえず今は置いといても大丈夫な問題なんですよ。まだ、大戦で獲得した魔界を開拓すれば後2、3年程は持ちますから」
そうして、瑠璃は何時の間に取り出したのか、恐らく先程使用していた賢者の石を変形させたのであろう赤い指揮棒を使って、終末都市フィニス=セプルクルムを現わすであろう都市の回りに浮遊させていた島をすぃっと一ヶ所に集め、その上に幾つかの円グラフを作って、その全体の現在の開発度と未開発度を表示する。
[資源開発度2/100(%) 農地開発度96/100(%) 未開拓地84/100(%)]
そのグラフから読み取れる数値から言えば、制圧した魔界の農地は既にほとんど開発し終えているものの、まだ未開拓地がたくさんある為、そこを開拓して農地にしてしまえば確かにもう暫くぐらいは持ちそうな計算が出来る。
そうして、瑠璃はアウクシリウムに暫しの時間的猶予がある事を述べながらも、実質的にはそれ程の猶予は無いらしく、少し不貞腐れた様に机に頬杖を突きながら、現在のアウクシリウムが直面している最大の問題に触れる。
「そう、人口爆発による食糧や資源の問題は確かに物理的問題として存在します。で、も、一番の問題はそこじゃなくて、政治上、制度上の問題なんですよねー」
そう口を尖らせながら話す瑠璃は、また赤い指揮棒を振りながら、今度は都市の上にデフォルメ化された瑠璃自身と、双極と呼ばれる二人の魔界神の姿を映し出し、先程固めた魔界の上の円グラフを消しつつ、その上に瑠璃と双極の映像よりも、一回り小さい、マントを着て角の生えた魔王と思われるピンを複数立てる。
そうして、説明された瑠璃の説明はこうである。
現在、アウクシリウムの政治体制は他の魔界と同じく、魔界の基本的な政治体制である絶対王政が敷かれており、瑠璃と双極の二人で、アウクシリウムに存在する三人いる最高権力者の中でも、瑠璃が代表的な執政としてアウクシリウムの全体を統治しているらしい。
しかし、流石に瑠璃一人で征服した数千もの魔界を捌き切るのは無理があるので、瑠璃は他の魔界を参考にしつつ、それぞれの魔界に存在するアウクシリウム領に領主という形で配下の魔王を配置し、自身はそれらの魔王と首都であるフィニス=セプルクルムの存在する忘れられた墓場、つまり元魔界フィルギスディアの管理をする事で統率を保っていたそうなのだが……、ここで問題が訪れた。
というのも、魔界における絶対王政とは、魔王による「俺が法だ」を地で行く、独裁専制政治であり、領主として指名された魔王達は瑠璃の言う事は聞くものの、魔王同士では纏まりが無く、むしろ思想の違いや利潤関係の問題により、内部ではかなりの摩擦や軋轢があるのだという。
更に、主にそうしたバラバラな支配形態の問題から、数千の魔王を瑠璃が一人で統一するというのも難しいので、瑠璃はそれらを『幸運』の権能を用いてある程度独自に分類分けし、それらの魔王の上にそうした魔王や、かつて共に戦った戦友、アウクシリウムに集った難民の中から見つけて来た優秀な能力者などから作成した親衛隊を配置し、分類分け毎にそれぞれの分類の長となる親衛隊に管理させる事もしていたのだが、魔王だけでなく、制圧した世界もばらばらで、流入させる難民もばらばらなので、それらが瑠璃の手元を離れ、『幸運』の権能が作用しなくなると徐々に上手く行かなくなっていく様だ。
また、そうした政情下で、それぞれの魔界をそれぞれの魔王に独自に管理させている関係上、それらの魔界に有能な難民を派遣して、魔王の気まぐれで殺されたりすると堪らないので、瑠璃は有能な難民を全て終末都市の方で独占しており、潜在的には瑠璃とそれらの魔王達との間での軋轢も存在するのだという。
「私の『幸運』の権能が幾ら万能だと言っても限界があります。というのも、私の『幸運』はあくまでも私を中心にしてしか発動しませんので、私と個人的に強い縁のある親衛隊や姉様達であれば常に『幸運』の範囲内でしょうけれど、その他の、単純に数合わせとして入れた魔王や、私の知らない親衛隊や姉様達の友人、知人となると、それはもう私による『幸運』では干渉範囲外です。制御出来ませんよ」
そう、瑠璃の『幸運』はあくまでも瑠璃個人を幸運にする為にしか作用しない為、瑠璃から関係性が離れると作用しないのである。いや、それどころか、瑠璃の為であれば、その『幸運』の力は容易く瑠璃以外の全てを犠牲にする事だろう。
「それに今回、紅葉さんとレティアさんのおかげで私の力の限界も改めてある程度わかりましたしね。この『幸運』の力、あんまり万能でも無いんですよ」
瑠璃の権能は、そうした制御に難のある能力である為、今の所は一応統治出来ていても、今後、難民の流入によって人口が増え続ければ、その統治能力が破綻する事は想像に難くない。
そう、ここに存在する最大の問題は、単純な難民問題や人口爆発問題ではなく、民族問題、ひいては、妬み、僻み、野心、名誉欲、金銭欲などの個々の内面に存在する諸悪を原因とする悪心の問題なのだ。
いまはそれも、瑠璃の『幸運』の権能でどうにかしている様だが、これから更に多くの難民が流入し、瑠璃の権能が届かないところにまで来れば、単純な統治能力以前に、それらの問題による叛乱、下剋上の顕在化も避けられないだろう。
それに、個人がその手に持てる力には限度がある。
瑠璃、また『双極』と呼ばれる二人の魔界神の手は、他の者よりも遥かに長くて強く、おおよそ極めて広大な量をその手の内に納める事が出来るのだろう。
だが、それでも、やはり限界は、ある。
アウクシリウムは、その限界に到達しようとしているのだ。
今はまだ、圧政を敷き私腹を肥やしていた魔神や魔王を討伐し、手に入れた土地を用いて農業改革を進める事で、辛うじて均衡を保ち、全体の飢えを凌いではいるが、それはあくまでも時間の延長に過ぎず、これから発生する膨大な消費を賄えるだけの、新たな生産の目途は、立っていない。
「と、まぁ要するに私の『幸運』だけではどうしようも出来ないレベルに詰んでるので、どうにかできないかとこちらの世界に来たわけです」
「私はひょんな事から、具体的に言うと夕方頃に綾夢さんアリシアさんに聞いてた黒天使からこの世界の情報を入手したんですが、この世界はそうした様々な他種族や民族が入り混じりながらも幸福に暮らしていける一種の『理想世界』だそうですので、こちらの世界を真似ればアウクシリウム側でも融和政策が取れるのではないかと思いまして」
なるほど、瑠璃の言う『理想世界を創る事』とは、この創誓世界を再現する事を言っていたらしい。
そうであるのならば、確かに、今日、紅葉が瑠璃と一緒に少し街を見回っただけでも、この世界での民族融和と統合政策は極めて上手く行っており、この国の政体を司る役所神社でも、街の中でもそう言った民族差別の類は見られなかった。
むしろ、昼間に行った役所神社では、受付のお姉さんが「少なくともこの国では如何な存在もその性別、種族、国籍、身分によって差別される事は無い」と、語る程度にはそうした思想が行き届いており、街中の人々も様々な種族が入り混じって楽し気に談笑していた事から、幸福度もかなり高い事が伺える。
(街中みんな武装してた事を考えると、平和ではなさそうだけどね……)
何か紅葉が思考しているが、それは心の中の声なので瑠璃には聞こえない。
また、単純に融和政策に関してだけならば、確かに有益そうなので、紅葉としてもいちいち茶々を差し込んだりはしない。
そうして、瑠璃はそこまで語って、自分の話を終える。
そして、これにより、第三者立会いの下で事実関係が明確になった瑠璃については、紅葉の疑惑による攻撃対象から以後完全に外される事にもなる。
そうして、自らの話を終えた瑠璃は「と、まぁ私に関してはそんな感じですけど……」と、前置きしつつ……。
「ところでレティアさん。紅葉さんについての情報は? 何か持ってないんですか? 何か私ばっかり話されてずるいんですけど? お? お?」
と、唐突にレティアにすすすと近付いて、その脇腹をデュクシデュクシ! とばかりに人差し指で小突き出す。
この話の最中、彼女が瑠璃について語った情報量の多さから、レティアが完全に瑠璃にとっての姉様達の知り合いである事が確定し、調子に乗ったのだろう。
だが、それに対して、レティアはそれをおうふっ……と、くすぐったそうに軽くあしらいながら、もう片方の手で頬をぽりぽりと掻き、紅葉についての情報を話す。
「あー、それがー、紅葉様の情報はないのですよね、それが」
「「ほわい?」」
そのレティアの言葉に、瑠璃と紅葉は同時に聞き返すが、それに対してレティアは、ある意味ヤケクソになったのか、片手を大きく上げて、元気よく、復唱する。
「紅葉様の情報はございません! はい!」




