第二章第十二話「力の弊害」
(わ、忘れてたー!!)
/(わ、忘れてたー!!)/
両手を広げてニコニコとしているレティアの周囲は、先程の戦闘で破壊された、豪華なワンルームの廃墟が一面に広がっている。
いや、実際には二人共、心の片隅程度には覚えていたものの、何とかノリと勢いで押し切ったり、無かった事に出来ないかなー、と考えていたのだが、やはり無理だったらしい。
実際、紅葉の方はともかく、本来であれば、瑠璃の方はこういう場面でも、その持ち前の『幸運』の権能で乗り切れていたので、その選択肢は大いにありだったのだが、今回は例外的に相手がレティアである為、『幸運』の権能が作用していないのだと考えられる。
そこまで考えて、瑠璃が観念しようとした所、瑠璃が話す前に紅葉が割り込んで、レティアに話しかける。
「えっと、弁償代は如何程で……」
「紅葉さん?」
「いや、流石にここまでやるつもりはなかったとはいえ、喧嘩吹っ掛けたの私だし私が弁償するよ。……あ、でも足りなかった場合はその分の補填はよろしく」
「あ、はい。確かに場所が場所だけに高そうですもんね。っていや、私も半分持ちますよ。主にぶっ壊したのたぶん私ですし」
そうして話が纏まった所で、二人はレティアの方を見るが、かくいうレティアは「イイハナシダナー」とほっこりしつつ、あっさりその良い話を台無しにする。
「あ、何か纏まったみたいですけど、弁償はいりませんよ。というのも、実際の所、今回お二人は特に法に抵触する事はしておりませんので。弁償も無しです。今のは今後事故が起きない様に脅しただけです」
「「え゛」」
どうやら危険行為に対して注意を喚起しただけであり、弁償の支払いを求めた訳ではないらしい。そして、常世界の法律に照らし合わせれば、どうみても器物破損には抵触している様に見えるが、それもこの世界の法には抵触していないらしい。
「というのも、この世界の法的には紅葉様の行動にも瑠璃様の行動にも正当防衛が適応されますし、破壊されたこの部屋についても、今回は公共物ではなく賃貸物件だったので、借りてる間の破損は自己破損として扱われ、返すまでの間は器物損壊として扱われません。良かったですね?」
この世界の正当防衛の範囲はかなり広いらしく、威嚇と反撃は正当防衛の範囲に入る様だ。そして、器物損壊についても、賃貸物件なので、借りている間、借りている物は自分のものとして扱われ、自己破損と換算されるらしい。
だがここで、その不自然さに気付いた紅葉は即座にその点を指摘する。
「え、でもそれだと、借りてる間は自己破損扱いでも、返す時には器物損壊扱いになるんじゃ……」
その紅葉のもっともな指摘に対し、レティアは「ふふん」と鼻を鳴らし、ついでに指をちっちっちっち、と子気味良く振りながら、紅葉の指摘に答える。
「そうですね、壊れたものを、壊れたまま返せば、それは器物損壊として扱われる事でしょう。ですが、ここは他ならぬ、禊祓の、それも最上級ロイヤルスイートの一室です。ほら、もう一度周囲をご覧ください」
そうしてレティアは再び周囲の部屋を今度は片手で指し示しながら、もう片方の手で、ぱちんと指を鳴らすと、見る間に周囲の部屋の破壊された部分、その壁や柱のあった部分に、植物の葉脈か神経系の様な細い外枠が伸びて来て、新たな部屋を作り始める。
「! これは……!」
「植物の様な、動物の様な……、レティアさんの能力?」
「あ、いえ、これは元々この建築物に備えられた再生能力ですね。確かに今は私の力も少し流し込んで再生を早めましたけど、この世界の都市内建造物って基本的に再生するんですよ。そして、都市からのエネルギー供給が豊富な高級エリアでは、その再生能力もかなり高いので、恐らく私が力を流し込まなくても、明日の朝には部屋は治っていて、お二人がこの部屋をチェックアウトして返却する頃には調度品も含めて完全に回復していた事でしょう。……あ、回復を早めたので部屋着ももう補充されたみたいですね。はい、どうぞ」
そうして、先程の戦闘の余波で扉が壊れ、開かれっぱなしだったクローゼットの中に液体が染み落ちるかの様に出現した、室内用の白い部屋着をレティアは取って来て、瑠璃と紅葉に渡す。
「どうも瑠璃様の『幸運』の力は私には効かずとも、それ以外には全て正常に作用している様ですね。空中からの瓦礫や破片も全て自動迎撃システムが撃墜しましたので、その他の事故もありませんよ」
恐るべきは創誓世界の技術だが、どうやらそれと瑠璃の『幸運』の権能おかげで、瑠璃と紅葉は完全に無罪らしい。
それを知った瑠璃と紅葉は、ほっとして脱力しつつも、レティアから手渡された部屋着を受け取って、おもむろに着替え始める。
「はぁ、それなら一安心か……」
「むしろ心配して損しました。あー、でも私はこれからは『幸運』に頼り過ぎない様に気を付けないとだめですね……」
「って、お二人共ここで着替えるんですか!? 羞恥心とかは!?」
「え、ない。だって獣だもん」
「ないですね。羽織るだけですし、面倒です」
「えぇー……」
割と疲れて面倒になった紅葉と、実は羞恥心はあるが、自分だけ脱衣所に行くのは何となく逆に恥ずかしく、今のシチュエーションもそれはそれで美味しいかもと邪な思考をして、紅葉に合わせつつこの場所に留まったむっつりな瑠璃では健全度がかなり違うが、気を遣ったレティアは先程二人に渡したテーブルクロスを両手で広げて仕切りを作り、「早くして下さいね……」と言いつつ二人を隠す。
はっきり言って、ほぼ獣寄りの蛮族に近い二人と違い、超文化圏に住むレティアの方が文明度は高いのである。
[文明度は高いのである。]
「…………よく考えたら、ちょっと恥ずかしくなってきた気もする」
「何か言いましたか紅葉さん?」
「いや、何も。あ、そういえば部屋着、羽織り物だけだから下着無いや」
「あっ」
「「…………」」
多少のアクシデントはあった様だが、そうこう言っている内に、壁からは植物の葉脈か神経系の様な細い外枠が伸びて来て、その中の一部はがっしりとした骨の様な柱へと成長し、そこから生える肋骨の様な梁からは更に植物の根の様な紐状の繊維が垂れて来て、骨同士の間で絡まり合い、やがて膨れて表面に元の壁と同じ材質の白いコンクリートの様な殻を作って固まり、元の部屋を完全に修復してしまう。
(なるほど……、珪素素材が妙に少ないと思ったら……、生体構造物なのか……)
アクシデントにへこたれない紅葉は現実逃避も兼ねて周囲の建造物を観察するが、その紅葉と、同じく着替え終えた瑠璃を見たレティアは、人差し指を立てて片目を瞑り、よしっと確認した後、テーブルクロスを下ろし、盛大な溜息をついてから、その人差し指を自身のこめかみに当てて項垂れつつ、愚痴る。
「着替えられましたか? まったく、紅葉様の方は完全にイレギュラーでしたのでこういう事もあるかとは思ってましたが、まさか、瑠璃様の方までが権能を理由にこうも積極的な破壊行為を行われるとは思いませんでしたね……」
だが、その愚痴に対し、不自然さを覚えた二人は、同時にレティアの方を振り向き、基本的に鋭い紅葉の方はその不自然さの理由をも指摘する。
「ん?」
「もしかして瑠璃の事知ってる?」
「……!」
レティアとしては、その愚痴は誰に聞かせるつもりのものでもなかった様だが、瑠璃の『幸運』はレティアには効かずとも、紅葉には作用する事を考えれば、これも、その『幸運』の導きか。
意外な所で、瑠璃はイレギュラーではなく、規定の範囲内である事が暴露される。
そして、それを尋ねられたレティアは、特にそれについては隠す事でもないのか、その事実に驚いた瑠璃とは別に、しれっと瑠璃の正体を教えてくれる。
「えぇ、知ってますよ? 瑠璃様は最近話題の魔界の救世主様ですね」
………………魔界に救世主とはこれ如何に。




