第二章第三話「怪物と怪物」
(!? 不可視の、斬撃……!? …………いや)
確かに、その剣閃は視覚的には透明で何も見えないが、周囲に飛び散る砂塵とナノマシンによる偏光で、その刀身と思われる細い揺らぎの線だけは、一応陽炎の様に揺らいで見える。また、よく見るとその線と斬撃痕の長さも一致する。
それを認識した紅葉は即座に態勢を立て直して斬撃を放った直後の瑠璃に接近し、上から落ちて来て片手逆立ちの状態になっている瑠璃の軸腕に回し蹴りを叩き込む。
そして、それが片腕だけのジャンプで避けられた後には、次いで開いていた方の腕から伸ばされた不可視の刃を避けつつ、着地して態勢を立て直す直前の瑠璃の顎を狙って掌底を放つ。
が、その絶妙なタイミングを見計らった掌底もまた、唐突に瑠璃の着地した箇所の足元が崩れて態勢がズレた事により回避されてしまう。
そうした、物理的に回避不可能ではないものの、通常は回避する事の出来ない筈の攻撃を躱された紅葉は再び距離を取って瑠璃を凝視する。
(……やっぱり、何かおかしな力が働いてるよね)
そして凝視された瑠璃の方もまた後ろに跳び、両手の先の不可視の刃を十字型に構えて態勢を整えるものの、それ以上は追撃せず、口をへの字に曲げながら「むむむ……」と、紅葉を見つめる。
/(私のディメンジョンソードが躱された……? あの状況からですか?)/
しかも、瑠璃にとっては、先程の攻防における紅葉の動きはまるで自身の攻撃を完全に見切っていたかの様であり、紅葉の前では初めて使用した筈の不可視の刃の情報が紅葉に渡っていたかの様にも見えた。
/(まさか、また中空の文? いえ、紅葉さん自身も鋭い所がありますし、水路の探索では奇妙な探索能力も発揮していましたか……、ならそちらの線も?)/
また、瑠璃が気にする所はそれだけではない。
実の所、瑠璃の能力の効果は、本来単なる回避能力だけに留まらず、あらゆる種類の攻撃にも転化されて発動するタイプのものなのだ。
それにより、本来瑠璃に敵対した相手の武器は悉く自壊し、相手自身も瑠璃の攻撃や唐突な不慮の事故で戦闘不能になる筈なのだが、今回はそれが起こらないのである。
それについては、瑠璃も既に気付いている事ではあるが、紅葉の武装が全てアダマンタイトの様な不壊の特性を持つ単一金属やナノマシンなどの再生の特性を持つ物質で出来ており、特殊な攻撃以外では破損しない事に由来する。
また、銃器類についても全て薬莢式ではなく電光式のエネルギーガンである為、弾詰まりする(ジャムる)事も無い。
それだけなら、まだ良かったのだが、瑠璃には更に懸念事項があった。
それは、紅葉の魔法耐性が、今日戦ったシロに匹敵する程、極めて高く、ほとんどの魔法攻撃が通じない事にある。
現に、瑠璃は紅葉が自身に銃を向けたその瞬間から、無詠唱で発動する事の出来る範囲でのあらゆる種類の状態異常攻撃と魔力干渉を行っているのだが、それが全く効いていない。
一応、初めに放った多重属性魔法の効果から、風の刃や氷の矢の様な物理的に損傷を負わせるタイプの攻撃はある程度効果があるようだが、それでも、先程の雷を纏わせた水針の様な詠唱有りの魔法以外では、元来の紅葉の防御力が高すぎてほぼダメージにはなっていない。
そうした事実が、瑠璃にとって紅葉をその実力通り、この上なく厄介な相手として認識させている為、瑠璃の側としても迂闊に手出し出来ない。
/(ん~。思った以上にやりにくいですね……)/
[瑠璃の側としても迂闊に手出し出来ない。]
(へぇ……、そんな事してたんだ。それに武器の自壊、ね。)
再び執拗に追跡を続けて来る水針の雨をいなしながら、そうした瑠璃の側の情報を中空の文を読んで知った紅葉は、それらの情報と先程の戦闘情報を元に瑠璃の力の推測を始める。
(まぁ、系統がバラバラ過ぎて本命はやっぱりわからないんだけど……)
とはいえ、これまでの戦闘と中空の文章による解析から分かった事もある。
まず、瑠璃は様々な魔法を使用出来る様だが、詠唱無しの無言で発動したものは自身に対してはほとんど威力を発揮せず、脅威となるのはあくまでも詠唱と呼ばれる発音・発声プロセスを踏んだものだけであるという事。
実際、初めに瑠璃が放った幾つもの魔法弾や、今現在も水針の雨に紛れて秘かに放たれ続けている風の刃や氷の矢については、水針と共に幾つか紅葉にも命中してはいるものの、水針程の威力は持たず、紅葉の表皮すら傷付けられずに霧散している。
そうであるのなら、これらについては多少は警戒するものの、本当に注意を払って警戒する要素は詠唱有りの魔法のみに絞り込む事が出来る為、各段に戦闘がやりやすくなる。
(とはいえ、その詠唱有りの魔法が反則的に強いみたいだけど……)
今のところ、この戦闘で不可視の盾や刃の他に唯一使用された詠唱有りの魔法、雷を纏った水針の雨を操る魔法については、つい、その物量や雷の威力に集中しがちだが、その水針自体も非常に鋭利な刃であり、もし紅葉が普通の生物だったなら、その一撃だけで身体を貫かれ、場所によっては致命傷となって死んでいた事が伺える。
それは、この戦闘の最中に水針を振動砲で打ち払いつつ観察していた所、その水針は金属こそ貫通出来ないものの、建物のほとんどを構成する岩の様な物質に当たれば数cm程度の弾痕を形成して穿つ事が出来、やがて数の暴力によって貫通する事からも明確で、恐らく一発一発が拳銃弾並みの威力がある事もわかる。
(たぶん普通ならあれ一発で死ぬんだろうね……)
その威力の高さを、何度か撃ち漏らした上に回避し損ねて喰らった傷を再生しながらに考えるが、実はこの魔法は大瀑布の様な雨の数で押してくるから脅威なのであって、多少撃ち漏らした程度の数発を受けた所で、紅葉にとっては皮膚の表面を火傷する程度であってそこまでの脅威ではなかったりする。
(とりあえず、あれは雨に飲み込まれたら死ぬけど、多少なら平気かな……)
紅葉はそう考え、本来であれば一撃で皮膚を貫通し、体内を内部から感電させて焼き払う雷の水針を推定脅威から外し、他の、瑠璃の本当に脅威である部分に目を向ける。
それは、先程瑠璃の使用した不可視の剣、即ち、空間ごと切り裂く防御不可能な剣「ディメンジョンソード」と空間を歪めて攻撃を素通りさせる絶対防御の盾「ディメンジョンシールド」の事である。
[の事である。]
(? 盾が空間を歪めてるっぽい事はわかってたけど、剣もそうなの?)
その紅葉の持つ情報以上の情報が書き込まれた中空の文章に対し、紅葉は少々困惑するが、元より瑠璃が決定打として使用してくる攻撃が、何か空間系の魔法だという事は薄々わかっていたので、素直にその情報は取り入れる事にする。
恐らく、そうした空間系の魔法は瑠璃が元々得意とする魔法なのだろう。
この戦闘の中でも、振動砲に晒されて窮地に陥った際や、雷の水針では仕留めきれない紅葉に対する追い打ちとして使用していた際にも、瑠璃は空間系の魔法を通常の様々な魔法とは区別して使用していた。
特に、不可視の剣と瞬間移動を組み合わせて使用するその戦闘スタイルからは、かなりの慣れを感じさせ、どちらかというと、それが瑠璃本来の戦闘スタイルであり、他の魔法は単に相手の弱点を突く為に使用している補助魔法の様なものであるとの印象も受ける。
そう、これは紅葉の知らない事だが、瑠璃は魔法どころか錬金術や死霊術までをも含めた多数の術式を扱う事の出来る天才ではあるものの、その本質としては次元術師なのである。
[その本質としては次元術師なのである。]
(へぇ……?)




